機械と愛

「子供達よ、私達は生きている限りは働く必要があります。
人生は尊いものです。だから愛を伴わずに機械的に物事を
することで人生を無駄にしてはなりません。
自分の行うことの全てに愛を注ぎなさい。機械は私達の
することの多くを代わりに行うことができますし、時には
もっと上手く効率的にやるでしょう。
しかし、誰も機械から啓発されることはありません。機械が
生産する物は愛の性質に欠けていますし、人間のどんな
行為も愛が欠如しているならば、それは機械的な行為です」
「人間が愛もなく機械的に働くならば、自分の中も機械の
ようになるでしょう。人間らしさが失われるのです。
人間は愛することができます。愛を表現することもできるし、
愛の中に生きることもできるのです。しかし機械にはそれが
できません。機械は機械的に動くことができるだけなのです」
マータ=アムリターナンダマイ
以上
何も考えずに機械のように反応している自分に時折気付きます。
愛するとは、魂をいれて行うことだと私は理解しています。
どうしたら精魂込められるか?日々の自問自答は続きます。

「機械と愛」への6件のフィードバック

  1. システマティックは独創性を無くしてしまうんですよね。
    想像力を低下させてしまう要素でもあるし…。
    魂を込める = 己のハートを相対するものに与える。
    それは、きっと「人」でも「ものごと」でも…。
    人が生きる目的は
    どれだけ世の為人の為に
    役立てるかだと思う。
    自分以外の世界を心から想う尾関さんの判断は
    確実に正しき道だと思います。

  2. 生きるって、半分は誰かのためだと思います。
    自分のために生きる部分もあるかもしれません。
     
    役に立つ、つまり相手を活かすことであるように思います。

  3. 機械って、とても単純です。
    例えば、キュウリとかトマトの方が遥かに複雑で不思議です。
    花は、「キレイだね」って言えば、美しく育つといわれていますけど、あれも不思議です。
    人間が手に掛けるより、自然はずっと神秘的なことはちらばっています。
    被創造物なものほど愛が溢れていると思います。
    人間が物質でつくるものは、実はトマトやキュウリより遥かに簡単です。人間が物質で作って愛があるとすれば、芸術くらいだと思います。だから、絵だって彫刻だっていつの時代も共通に感じるのです。トマトやキュウリが美味しいように。
    尾関さんは、どう思いますか?

  4. 自分を完全に活かしたら、他人をも活かすことに
    なるのでしょうね!
    神様の創造物には負けるかもしれませんが、
    私たちも神様だと私は思ってますので、
    人間が作ったものでも愛溢れることはあるのでは
    ないでしょうか!

  5. 王子~♪いいテーマだね☆
    なんか手塚治の「ロボタン」って話し思い出した。
    人間も機械も意志を持てば同じ生き物。
    そう僕はその本から学んだよ。
    今度王子が稲穂に来たら、愛について語ろうね~♪(笑)

  6. システマティックとはシンプルな状態にして
    初めて成る事。
    言い換えれば、シンプルにすることで、
    人を楽にしてあげたり、機械に任せたりできる。
    そこにも愛はある。

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