意見の相違

仕事をしていると、意見が対立することが多々ある。
Aさんの主張も、Bさんの主張も、
各自の過去の経験と思考から、ある主張が生まれる。
頭脳から生まれるものは、相対的だ。
その主張は一部分しか表していない。
よって、どちらも正しいといえる。各自の中では
まったく正しい。
だからといって、それを他者に押し付けると、
押し付けられた側は苦しくなる。正しさを主張すると
戦争になる。(アメリカとイスラム諸国が良い例)
私は、正しいことより、どうやったら楽しくなるかと知恵を出したい。
Aさんのアイデアは、あくまでAさんにとっての最適解で
あって、会社全体から見たら、AさんBさんのアイデアとも
最適ではないこともある。
最適ではないかもしれないけど、限られた資源の中で
現時点でのBest(楽しそう)を選択し、実行して
検証していくプロセスが仕事であろう。
現時点でのBestを判断するためには、冷静に客観的に
どの意見も(自分の意見も)他人事のように観るとよい。
本当は、研ぎ澄まされた直感が一番間違いない。
次第に経験を積めばそうなるだろうが、内面の洞察が
不十分なうちは、頭脳の力も借りたりする。
客観的にアイデア検証すべきだが、そこに負の感情が入ると
やっかいなことになる。自分のアイデアが採用されないと
不愉快に感じたり、やる気を失ったりする人がいる。
そうなってしまったのは、自分の力不足だと思える人は
不愉快にはならない。
よく考えれば、自分の頭の中で、違ったアイデアがでても、
怒らないだろう。相手のアイデアも自分のアイデアだと思えたら
会社いる人全員の脳を活用できる。自分の脳力は、全体の
一部だと俯瞰することができれば、意見の不一致による
感情のもつれはおきなくなるだろう。
どんな意見も、相対的であるのだから、絶対だと思い込むことほど
周囲と自分を不幸にすることはない。
ある言葉を紹介しよう。
「私は矛盾を包含するほどに広大だ」
sabaku.jpg

「意見の相違」への9件のフィードバック

  1. ボクも同じゴールを目指す集団の中では、勝ち負けを決めるゲームは起こりにくいと考えています。
    例えば
    Brain Stormimg Methodのように最終的には他者の意見に便乗・改善をしていくことは自然な流れだろうと。
    一日生きることは、一歩進むことでありたいのです。(パクリ)

  2. 尾関さんとは・・・外見から受ける印象(顔・言葉)から、穏やかで品のある方。きっと喧嘩や争い事の無い方だろうな~!と拝見していました。 そして今日の「意見」を拝読致し確信しました。常に物事を冷静かつ客観的にものを見、しかもpositiveに《人生》を、そして《人》を大事に生きて行かれるのでしょう。とても気になる存在!

  3. >私は、正しいことより、どうやったら楽しくなるかと知恵を出したい。
    >「私は矛盾を包含するほどに広大だ」
    この意見をある種具体化したものが今のマスコミだと思いますが、
    もちろん問題がないとはとても言えない状況だと思います。
    >自分の脳力は、全体の
    一部だと俯瞰することができれば、意見の不一致による
    感情のもつれはおきなくなるだろう。
    これを実現化することと競争化の流れとの反発をどう収束させるのか?
    個人的な意見としてはやはりどこかに頑固と言われても
    線引きをし、それに対して責任を持つ度量が上に立つ
    人間には求められるのではないでしょうか

  4. >「私は矛盾を包含するほどに広大だ」
    本当にそうだと思います。
    まず矛盾する問題を自分の心で受容する。
    すると心がそれを原動力に動き出し、心(意識)は拡大するのでしょう。
    心がしなやかなで、そして強くないと受容は難しいです。
    時には、弱さや見たくないことに対し、向き合う必要があるから。
    多くの人格・事柄を包含するほどに視野が広がり、感性も鋭くなる。
    周りや世の中のことを俯瞰して見ることができる。
    いわば、自己の内面を深く掘り下げる作業に近いですね。
    これが進むと、本当の意味での矛盾はないことに気付きます。
    物事は「単純・明快・矛盾なし」ですから。
    どんな困難なことも、紐解いていくと実にシンプル。
    なぜ、難しくするんでしょうか?
    シェアするような気持ちが持てれば、人生楽しめます。
    自分のワクワクする気持ち・閃きにすぐ気付き、それをシンプルに実行できますから。
    しかも周りも喜んでくれる。
    あらためて考えさせられました。

  5. 半年ほど前から拝見しています。今回はじめてコメントがしたくなりました!
    絶対と思うこと程不幸なことはない。重い言葉でした・・・
    とても、胸をつく意見ばかりでしたが、それでも努力しない人間の意見を私は受け入れることができません。
    そして、自分を“絶対”と思ってしまいます。
    いつまでたっても、広大な心がもてない自分に嫌気がさしていた今日この頃、またまた深く考えさせられました。

  6. 半年ほど前から拝見しています。今回はじめてコメントがしたくなりました!
    絶対と思うこと程不幸なことはない。重い言葉でした・・・
    とても、胸をつく意見ばかりでしたが、それでも努力しない人間の意見を私は受け入れることができません。
    そして、自分を“絶対”と思ってしまいます。
    いつまでたっても、広大な心がもてない自分に嫌気がさしていた今日この頃、またまた深く考えさせられました。

  7. いつも尾関さんのブログを楽しく拝見しています。
    公開アルバムにある素敵な絵はなんでしょうか?
    とても印象的です。教えてください。

  8. 上海から読ませていただいています。半年前どういうきっかけでOZEKIさんのBlogにたどりついたのかはすでに覚えていませんが、インターネットの世界と付き合う時間もスキルも意欲もあまりない自分がここでメッセージを残そうとすることがちょっと不思議で…
    OZEKIさんの言葉から知恵や勇気をもらっています。日本語を勉強して良かったと思っています。ありがとうございます。

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