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勝手に掲載されるとのこと

先週とても残念なことがありました。今まではこういうことがあっても、沈黙していることが多かったのですが、これからは公開していこうと思います。

残念なこととは、信用して個人的な話をしていた方にされたことです。最近、私の一連の経験を本にしたいという方がいました。竹中さんと言います。彼を紹介してくれた方にご恩もあったので、お話をして、竹中さんも良い方だと思いましたので、ここ何回かお会いして協力していました。

すると突然、雑誌SPAさんの方から、出版前に雑誌に載せたいという話がきたと竹中さんより連絡がありました。私はきちんとお会いして、「雑誌では真意が伝わらないし、意味があるとは思えないのでやめて欲しい」と私の気持ちを伝える話をして、「わかりました、撤回させましょう」という話を彼がされたのでそれで終わったと思っていました。

その日の夜に、竹中さんより連絡があり、「SPA編集部は是非に掲載させてもらいたいと言っている」と連絡がありました。そして、「明日の朝までに原稿をチェックして返事をください」というのです。私は、来客もあり忙しかったですし、明日も大事な用事があるので、返事はあとでしようと思っていました。すると朝にも連絡があり、返事を急かされましたが、忙しいので無理と伝えました。

すると、その日の昼間に私のところにまで彼はやってきて、仕事が終わるまで待っていました。仕事が終わり、話をすると、

「掲載が決まりました。私もOKしました」という返事でした。唖然としながら、

「私の許可もなく掲載されるのですか?」と聞きましたが、

「はいそうです」と。

一日も待たずに勝手に掲載が決まってしまいました。内容を後から拝見したら、最初のものよりは全然良くなっていたので、なんでこういうやり方をして、信用を失うことをするのかが未だにわかりません。あとで友人に編集部の方に確認したら、編集の方からではなく、竹中さんよりの話で、良かれと思ってページを割いたという話でした。謎は深まるばかりです。

お前の脇が甘いからだと、近所のご意見番には叱られましたが、今の時点で雑誌やメディアに出ることは全く不本意なことです。本についてもまだ先のことだと思っていました。きっと本もまた勝手に出されてしまうのかもしれません。

ということで、事前に頂いた文章がそのまま掲載されるのかわかりませんが、間違っている箇所をおしらせします。

自身がオーナーを務める東京・西麻布のダイニングバー「Birth」で許可なく“キャバクラ営業”していたとして風営法違反で逮捕。

この時は、すでにBirthは売却しており、オーナーではありませんでした。ただ、経営を任せていた人間が、お店の不動産契約の変更を行うことを怠り、私が影のオーナーだと言われる要因をのこしていました。

「農場の建て直しに奔走するうち
に環境負荷のない新しいタイプの
廃棄物の処理施設をやんばるの森
の中に作るという計画に動いたこ
ともありました。

廃棄物処理の話はありましたが、具体的に動いたことはありませんでした。農場の建て直しに動けるようになったのは、去年からです。

「教祖の求めに応じて自分の財産
や知人から借りたお金をつぎ込む
ようになりました。

教祖の求めに応じてつぎ込んだわけではありません。その裏にいて、私に接触していた人が洗脳されていて、お金を渡していたことは後で分かりましたが。

私は名義だけの
オーナーで、店はクーピーの代表
の娘婿に任せっきり。

これは、この時期ではなく、売却前の時期に任せていました。

金融機関からの融資
がストップしたため、企業経営も
ままならなくなった。

融資がストップした為に企業経営がままならなくなったことはありません。融資されていた創業した会社を、役員と株主によって乗っ取られただけです。その後のことはわかりませんが。

今は、沖縄に関わるきっかけとなった農場を軌道に乗せるべく頑張っているところなので、そっとしておいていただけると助かります。一緒にやりたい方がいらっしゃいましたら歓迎いたします!

 

沖縄戦前田高地の映画「ハクソー・リッジ」公式サイト|6.24 Sat. ROADSHOW

情報源: 映画「ハクソー・リッジ」公式サイト|6.24 Sat. ROADSHOW

遅ればせながら、メルギブソン監督のハクソーリッジを見てきました。メルギブソンは、ブレイブハートやパッションで感動したことがあったので、どんな風に沖縄戦を描いているのか?と気になっていました。

凄惨な戦闘シーンは流石ですが、70年も前に、軍隊という規律を重んじる場で、個人の信念を通そうとし、またそれが実現できたことがアメリカの底力ですね。現代でさえも日本では難しいことではないでしょうか。

映画では日本軍が強そうに見えますが、現実を見ると、よくぞこんな状況でここまで奮闘したと現場の人たちの勇気に敬服します。こんな戦場に送り込まれたら自暴自棄になります。

http://www.okinawa-senshi.com/maeda-new.htm

アメリカ軍が各州から来ていたように、日本軍も各県から来ていて、双方命を落としています。地元じゃないからこそ、容赦ないところもあったと思います。お互い命をかけて戦った人たちの中には、自分のためではなく、家族や国と言った同胞のために戦った人たちが多いことでしょう。

時代が違えば、私も前田高地で戦っていたかもしれない。私はデズモンドのように信念を持って銃を拒否することはできない。有事の時より、平時の時の信念の方が貫き通しやすいのでしょう。殺されるわけでも、投獄されるわけでもない。

多様性のある社会を実現するためにも、失敗した人や、他人と変わっていても、安心して居られる場所というのを作って行きたいな。

名古屋よりのご来客

先日、稲穂に友人が遊びに来てくれました。お酒に対して熱い想いを抱いて、純米酒専門店や整骨院など幅広く楽しんで経営している、歳は違うけど同じ誕生日の山本将守氏です。

インタビュー記事はこちら

お店のホームページはこちら
https://junmaishu.net/

彼とは久しぶりの再会でしたし、どんどん進化している彼と会うのが楽しみでした。沖縄といえばと思い出して連絡もくれるのも嬉しい限りです。以前の私は何としても沖縄の実情を知ってもらいという熱意がありすぎるあまりに、窮屈な思いを来客にさせていたなと反省です。やはり無理はいけませんね。

今回は、創業以来初めての休みで沖縄に来られたということで、めいいっぱい楽しんでもらえたらいいなと。まずは古宇利島で待ち合わせ。この島は長い無料の橋が出来てからどんどんと栄えてます。人類発祥の島という壮大な言い伝えがあります(笑)他にも子宝に恵まれるウタキ(聖地)などがあります。

島には、ワンスイートリゾートホテル古宇利島という素晴らしいホテルを経営している貝塚さんが、これまた素晴らしい、LOTAレストランを二年ほど前に作りました。オープン以来お邪魔してなかったので行ってきました。ホテルもレストランもお勧めです。

Lota

橋がきれいに見えます。私と彼は同じ野菜ランチ。歳をとると健康を気にしだしますね。でも、このあとでこの写真に写っている外人さんたちが、美味しそうなフレンチトーストを食べていました。次はそちらを食べます!

美味しい食事と雰囲気を野郎たちで楽しんだあとは、古宇利島のウタキを案内しました。開発が進んで前とはすっかり道の雰囲気などは変わりましたが、ウタキの近くは昔のままにひっそりとしています。看板もないので、知らない人は絶対にいけません。私はウタキ巡りばかりしていたので、マニアックなウタキの案内なら得意です。折角ですからそういう文化に触れて、いわゆるパワースポットで感じてもらえたらと思います。写真は神聖な場所なので未撮影です。

さてその後は、占領時代からアメリカ軍の保養所としてあるオクマが、一般に解放されている日だったので遊びに行きました。北部ドライブです。

こんな感じで縁日みたいになってます。他にもミニ遊園地やゴーカートなどがあり、アメリカンな雰囲気を楽しめるのは基地が多い沖縄ならではです。もっといい場所で取ればよかったけど記念撮影。

ビーチもきれいで雰囲気は海外のような感じです。
そしてそのあとは、いよいよ稲穂産業です。

オクマから稲穂に向かう途中に大宜見を通ります。そこで思い出しましたが、牡蠣の養殖を世界で初めて成功した日本人は大宜見出身の沖縄の方です。彼がいたお陰で、私たちは安い牡蠣を食べることができます。感謝です。

http://oogimiclub.ti-da.net/e3467283.html

 

 

稲穂に到着後、中を案内したあとは、いよいよクライマックスイベントです。稲穂の中も色々と楽しいところ満載です。これまた今度紹介します。

前日に、悪戦苦闘の末に何か月かかけて取り除いた、棘だらけの植物をサークルの中に準備してました。それを一緒に燃やしました。まだ全部乾いてなかったので、これまた汗だくになりながら燃やすことに集中して楽しみました。今では焚火もなかなか都会ではできませんからね。

火を見つめているだけで夢中になります。

夜になり暗くなるまで、炎の宴は続きました。無心になり、感じるものがありますので沖縄に来た際は稲穂にも遊びにいらしてくださいませ。

様々な趣向を凝らしたアトラクションを用意してお待ちしております!

山本君もまた遊びに来てくれるそうです。心意気が男前な彼に会って、エネルギーをもらえました。真剣に生きている男は格好いいです。

私は何をしているのか?

久しぶりに以前紹介した、次世代金融講座に参加してきました。今回の講座のテーマは、「行動理論」。新たに動き始めた私にとって、とてもタイムリーな講座となりました。進化し続ける講座ですので、同じ形でいつまでやるかわかりませんね。今のうちに受講されることをお勧めします。

私がそもそも沖縄に関わることになったのは、一人の人間に心を動かされたからでした。当時、会社を経営して大きくすることにもあまり興味を持てず、かといって本当に自分がやりたいこともわからず、日々誤魔化して生きていることが、嫌で嫌でたまらなかったです。若さゆえですね。

思い切って新しい世界へと飛び込んだことで、大変化を経験しました。IT業界でうまくやることにあまり魅力を感じていなかったのです。確かにITは社会を一変しました。しかし、本質的な意味では社会は変わっていません。依然として、鬱や争いや諸問題で満ちた社会です。自分もその一員ですが、対立や争い、嘘欺瞞、自己本位なレベルから変わっていません。

本当にこのような社会でいいのだろうか?何かがおかしいという単純な想いからスタートしました。どんなに会社を大きくしたところで、また生活が豊かになっても、本質的に解決するイメージが湧かなかったです。半ばやけっぱちな気分で、どうせわからないのだから、「沖縄をなんとかしたいという」、この目の前の人間を助けることをしてみようと思ったのでした。

あくまでお手伝いのつもりが、実は自分がやりたいことだったと気が付かされ、なかなか経験できないことをたくさんさせてもらいました。いい人間であった時もあるし、悪い人間だった時もあります。今でも日によって違います。自分がなかった時期もありました。どれが本当の私か、自分でもわからないくらいでした。

そのような経験を経て、今、沖縄のやんばるにて、次世代の理想とする社会の雛型作りを始めています。一つの生態系です。理想の村といってもいいです。それがどんな形になるかは、これから関わっていく人たちによって変わっていくのだと思います。理想といっても、明確な形をイメージしているわけではありません。わかりませんけど、とにかく始めてみたわけです。

昔ビットバレーで集まった人の中から、出会いが生まれ、いろんな企業が生まれました。今回の場からは、どのようなものが生み出されるか楽しみです。視点が変われば、一周回って最先端なのではないかと思っています。

人々を結びつけるものは、利害でも損得でもなく、愛であることが大事だと感じています。私自身、まだまだ愛の修行を続けている過程です。その過程が楽しいですし、いつまでも完成することはありません。

愛がある人のところには、自然と人は引き寄せられます。まずは私が、愛を実践できるかが試されるのです。目の前の人間を大事にできるか。瞬間瞬間、無理なく自分らしくいながら、自分が貢献できることをする。

草刈りも、ただの草刈りしていると思うと苦痛です。しかし、無心に作業に没頭する修行と見ると、心の草を刈るような気持ちがしてきます。はたまた、理想の村の礎を築いていると思うと誇らしくなってきます。

そして、単純に汗をかいて、何かを生み出すということの気持ち良さも感じられます。人って変わるものです。かつては肉体労働が嫌で仕方なかったのが、楽しく感じるのが不思議です。気持ちが乗らないときは、嫌に感じる時ももちろんあります。

どうしたいのですか?とか、何を作っているのですか?とよく聞かれます。

具体的にはわからないけど、なんか面白いものを作りたいなぁと思いながら、日々の変化を楽しんでます。タイミングが来たら、自然と一気に想いは形になっていくものだと信じています。

何か直感で感じた人は是非遊びにいらしてください。広大な土地があるのでスケールだけは負けませんね。海だけじゃない、沖縄の森の魅力を体験できます。ジブリの世界のようですよ。

かくかくしかじか

目まぐるしい変化の日々があり、あっという間に月日が経ってしまいました。 心境の変化もあり、潜水艦のように潜っておりました。 いよいよ浮上し始めております。相変わらずこの先がどうなるか謎ばかりですが、波瀾万丈は楽しいものです。 本日も予定外のことがあり、急に更新しようと思い立ちました。思い通りにならない方が学ぶことが多いように思います。 自分の中の計画は小さいものです。思い通りにならないとストレスを溜めがちになります。私ももちろんそうですが、また何か新しい出会いや、学びがあるのかなあと思うと楽しくなってきます。 新しいサイトも立ち上げました。今後ともよろしくお願いします。 稲穂産業

42歳の抱負

今年は海外に多く出ておりました。先日は、やっとジャマイカ、キューバにも訪問することができ、また新たな知見を得ることができました。ありきたりですが、行ってみないとわからないことがあります。中南米は奴隷貿易との関わりなく語ることはできません。人類史に残る悲劇の一つで、いまだにその傷跡を多く残しています。悲劇の比較は意味がないとは思いますが、自分たちの近い世界だけを見ていては、世界との関係において、自分勝手な見方しかできなくなってしまいますね。虐殺の果てに生き残った人たちの気質にも、きっと過酷な環境が影響していたのではないかと感じます。いまだに植民地が残るカリブ海は、ただ単にリゾートではくくれない想いを感じました。

 

また、タイに今年は多く訪れました。先月、タイの王様が亡くなり、タイも新たな挑戦が始まっているように感じます。タイとは中学、高校生のころから縁がありましたが、今年になって急に縁深くなりました。親日で日本人も多く住むタイは過ごしやすく、バランスがいい国であります。親しみやすい外国としてアジアとの関係強化の出先としては面白い場所だと思います。

 

そして、琉球石油創業社長である稲嶺一郎氏がかつて満州鉄道の駐在員としてバンコクにいた際に、アセアン人脈を作った場所でもありました。その後稲嶺一郎氏はインドネシアにおいて独立戦争を支援することになります。私もインドネシアともまたご縁ができてきそうな感じであります。面白いもので、縁というものはコントロールできるものではありません。こちらが熱望してもうまくいくとも限りません。かといって、完全に受け身だけでは勢いが削がれてしまいます。運命の波乗りは楽しむことなのかもしれません。

 

紆余曲折がありながらも、人の縁に恵まれていることが有り難いです。この10年で失敗や不義理など色々迷惑をかけているのも事実ですが、当初の想いを忘れずに、沖縄からコツコツとまた諦めずにやっていきたいと思っております。先日、沖縄で素晴らしい結婚式に参加させていただく機会がありました。類は友を呼ぶといいますが、愛はそんな垣根さえも超えていくのだと感じました。区別したり、差別したり、人はどうしても自分の眼鏡で物事を見てしまいます。物事をありのままに捉えることは訓練なくしてできることではありません。人間関係が人生の質を左右するでしょうが、そのことを本当にとらえて、人と向き合うことを実践できている人がどれほどいるのでしょうか?

 

世の中は、わかりやすいリーダーが次々と誕生しています。そうした時代だからこそ、目立たない場所でもう既に新たなリーダーシップは生まれているかも。本当に大事な変化ほど気が付かれないものかもしれません。バタフライエフェクトといいますが、自分の些細な行動が回り回って、世界に影響を与えているとしたら素晴らしいことです。自分も世界の一員ですから、微力ながら貢献できればと思います。懲りずに失敗を繰り返すかもしれませんが、体験しないとわからないバカだということはわかりました。バカな自分に今後ともお付き合い頂けましたら幸いです。

 

 

 

Six Degrees of Separation

節目の季節ですね。出会いと別れ。出会って初めて気づくこと、別れて初めてわかることがあります。私は特に感じないとわからない馬鹿なんだなと実感しています。どんな体験も、どういう解釈するかで意味づけが変わってきます。同じ体験でも解釈が変われば、感じ方も変わります。過去に感じていたことと、今とでは全く違った感じ方をする体験もありました。
人の印象もそうです。冷たい人なのかなと思っていた人が、実はとても優しい人だったりしたこともあります。かつては、早急に判断を急ぎすぎていました。長い目で見ようということと、そうでないことの区別が曖昧で、自分にとって都合の良いように見ていたのです。そのお陰でというか、背負うべきではないことまで背負ったりして、身の程を思い知らされ、自分の器を知りました。
それでも、まだ期待をしてくれている人々がいることはとてもありがたいです。私は周囲の人間に対して、紹介して欲しいということを頼んだことはほとんどありません。紹介することはあっても、自ら求めることはあまりしてきませんでした。昔、Birthにはいろんな人種がやってきて、名刺の数だけは広がっても、そこから広げたいとも思えませんでした。つながる人は自然と繋がるだろうと思っていて、大体大きな出会いは相手からやってきてくれた恵まれた人生です。今だに紹介してもらって、新たな出会いをいただいています。
ツイテいるからこそ、その有り難みや価値に気がつかないのです。視点一つで人生は変わります。私はかつてタイの山岳民族の村で水道工事のボランティアをしていた時に、そのことを痛感しました。知っているか知らないかで、人生の選択や幅を大きく変わるのだと。時代は必ず変わります。次の時代のヒントが沖縄にあるという想いに変化はありません。
人がまだ気がついてない視点をわかりやすく説明してくれる講座が沖縄にあります。私にも暖かい想いをかけてくれている樋口さんの講座です。これからの未来を生きる指針の一つに、この講座で学べることがあります。沖縄まで行くことは大変です。しかし、それだけの価値はあると推薦します。
目の前の人間を好き嫌いで判断したら、その人と、その人につながる人間たちを切り捨てることになります。嫌いであるからこそ余計に自分にはないものを持っているとも言えます。愛があれば人は自然と集まります。自然と集まる中に、予想もしない出会いがあり、その出会いこそが人生を変えたりします。わざわざ沖縄まで行くという選択肢は普通はないです。しかし、その先に見えない可能性があります。沖縄で大変な経験をした私がまだ沖縄に関わることを不思議がられます。その答えの一つはこの講座にあります。すぐにでなくても選択肢の一つに入れておいて頂けましたら幸いです。
『次世代金融講座』第27期
http://www.trinityinc.jp/updated/?p=8500​
 

四十九日法要

去年から近しい人の死が続いておりました。母と仲の良かった叔母と、そして母の忌明けとなりました。いつも気を使ってばかりの母は、自分のことよりも人のことを心配してばかりの人生だったように感じます。祖母と同じく、いつも大袈裟に心配したり話したりしていて、家族の中ではオーバー会の二代目会長と呼ばれていました。
皆様もご存知の通り、私は心配をかけてばかりいましたので、死期を早めてしまったのかもしれません。
「親には心配かけるほうが、おちおち死んではいられないと長生きできるんじゃないの」と、私は母に言っては
「もうたくさんよ」と呆れられていました。
心配性でありもしない心配をしては、笑いの種にもなっていました。表現はどうあれ、相手のことを想う気持ちは本物でした。母の子供でよかったなと思うことが多々あり、今の私を形成してくれた大切な人でした。しつこく、うっとうしいくらい、言い続けてくれたお陰で、今も母の言葉が聞こえてきます。
もう心配しなくてよくなったから、あの世で楽しみながら見守ってくれたらと願います。これまで控えていた発信も徐々に再開したいと思います。心配をかけてばかりいた事実をもとにしたフィクションでも書いてみようかと思っています。
仏となった母に見守られながら、思い切り生を生きて、またあの世で、死んでからも心配していた話を聞きたいものです。
一緒に大笑いしたことを思い出します。楽しく、愛にあふれた人でした。母を少しでも見習って、人への想いを大切にしたいと思います。今後とも迷惑をおかけするかもしれませんが、いつも心配してくれてありがとうございます。
 

選択とバランスの間

戦後70年目、節目の年の慰霊の日がやってきました。6月は私にとって色々と因縁深い月で、今年も機会に恵まれて貴重な体験をすることができました。その一つにアラスカへのスピリチュアルツアーがありました。手技道の治療家や、その他の分野は違えどプロフェッショナルな方々と一緒に同行してきました。ご縁によって導かれた旅で、私の今後の道筋に大きく影響を与えられた感じがしています。
それだけに、そのことを言語化することは簡単ではなく、少しずつ消化して花が咲けばいいなと思います。私のように呑気な人間は、体験を通してしか感じられないのでしょう。今回旅をする中で壮絶な体験をしている方々がいて、そういう方々ほど温厚で穏やかな雰囲気をお持ちのように感じます。若いころに、異常者にバイクで追突されて倒された上に、拳銃で撃たれて内臓がボロボロとか、もう想像もつかないような体験をされた方もおりました。病気を多く併発して苦しまれていたり、苦しみを我慢しながらも仕事に励んでいたり、そして一切弱音を出さないような人たちなど。
自分は甘ちゃんだなと感じましたし、また女性の芯の強さを感じさせられました。痛みなどはやはり男は弱いですね。外国の方のほうが素直で力強い特徴があることも目の当たりにして、肉体的な違いも実感しましたね。しかしながら、多少の差異はあったとしても、感じる心は一緒で、同じように泣き笑いして、言葉がなくても通じ合う想いもありました。
辛いこと、良くないことって、誰でも嫌なものだと思います。あとになってからでないと、そのつらいこと、嫌なことのお蔭で学べたことには気が付きません。過ぎてしまえば良い思い出で、逆に嫌なことのほうが覚えていて、良いことはあまり覚えていないのが現実ではないでしょうか。しかし、体の痛みというのは継続的に心を傷つけます。かのヘミングウェイも、事故の怪我の後遺症に悩み自殺してしまったのですから。体の痛みを和らげてあげられるのは尊い仕事で聖職です。
「あの時は大変でした」と笑っていえる人ほど、深みのある笑顔に見えます。その笑顔の裏にある、体験したであろう苦悩を思うとき、生きててくれてよかったなぁと思います。ほんのひと時でも救われるのであれば、どんな方法でも伝えてあげたいと思うのが人情でしょう。今の私には微笑むことしか出来なかったとしても、その瞬間だけはアルカイックスマイルになるかもしれません。
居るだけでいいという言葉もありました。現代ではとかく、何かしら見える働きをしていないと、何もしていないように思ってしまいがちです。気の利いたことを話せなかったとしても、そこに存在するだけで人はいいのではないでしょうか。不満を感じたとき、「自分が気づいていないだけで、何かあるかもしれない」と思うだけで見方が変わると思います。居るだけで場が和んだり、話しやすくなったり、癒されたり、もしくは逆にムカついたり(笑)。別に良いことだけが存在の価値ではないと思います。
さて、心も体も連動しています。私は今まで体のほうのケアを怠ってきたので、今回先生方にもケアをしていただき、日ごろの生活を振り返る機会も頂きました。仕事で無理している人は知らぬうちに、体にひずみを溜め込んだりしています。そして、後から後悔したりするのです。早めに振り返る機会を頂けて幸いでした。知らぬ間に人間は溜め込んでいますよ。
ビジネスの世界にいると、器用な人間ほど重宝がられると思います。すぐに結果を出すには確かにそちらのほうがいいと思います。長い目で見たとき、すぐに結果を出すことだけがすべてではないと体感としてわかってきました。また器用な人ほど溜め込んでいるようにも感じます。一長一短ですね。
いずれにしても、死ぬときまでにどんな人間と触れ合っていたいかが、私にとっては大事なことです。面白いことに、不器用な人間の周囲には自然と愛が溢れているように感じます。愛がなければやっていけないようになっているのかもしれません。器用な人間が嫌いというわけでは勿論ありませんよ。器用で愛がある人ももちろんいますからね。定期的に障がい者など弱者が生まれることで、協調戦略を学べて人は進化でき、生き残れたという説を唱える人もいますね。
自分は自己中ですから、興味のあまりなかったアラスカまで行こうとは中々思いませんし、触れ合う機会のない人々と接点が持てたとことは有難いです。声を掛けていただくだけでありがたいです。行ってみると面白いことが色々とあるものですね。最近はそうしたお声かけ頂くところで、自分に出来ることをやっていければと思っています。
今回の旅は最後の最後まで波乱含みで、帰りの飛行機で急死された方がおりました。赤の他人ではありますが、まさかの展開を目の当たりにして、ここ数日あれは何だったのかと考えさせられております。人生とはいつどうなるかわからないもので、精一杯生きる大事さを改めて感じさせられたといえばわかりやすいのですが、そんな簡単には片づけられないものを感じています。
慰霊の日も、複雑な思いを抱いている方がたくさん沖縄にはいらっしゃいます。言葉にできない想いを、種々の方法で表現できるようなことをしていきたいと考えています。またお付き合いくださいませ。
 

雑華厳飾(ぞうけごんじき)

本日は、仲間会という入社式と懇親会のような会に御呼ばれしてきました。会の主催者は手技道という、表向きは施術院ですが、実は人の生きる道を伝えているところです。院長である村松先生の結ぶ力によって、多種多様な人が今回も集まり、さしずめ菩薩サミットのようでした(^^)/
仏教では、縁成(えんじょう)という言葉があります。調べてみると、

【縁成】 仏語。すべてのものが因縁によって成り立っていること。

とあります。今日の一期一会も縁があって成り立っていました。出会いがあっても、すぐ深まるときもあれば、そうでないときもあり、時差もあるし、濃淡もあります。目先の結果だけを見て判断していたら、見逃してしまうこともあるでしょう。最近数十年来を経て深まるご縁もありました。いつ出会いの意味に気が付くかわからないからこそ人生は面白いです。
村松院長とは沖縄で出会ったのですが、その後長らくお会いしていませんでした。しかし、何かと気にかけてくださっていて、私が東京に戻り、これから再度ゼロからスタートという話をしたとき、
「おめでとう!よかったね!」と、とても嬉しそうに話してくれました。その一言で、
「あ、やっぱり良かったんだ」と心が晴れ晴れしたことを思い出します。院長は慈悲と愛を感じる人で、心と身体にまつわるプロフェッショナルであります。心身のことなどでお悩みの方は手技道へいらしてみてください。
来賓者の中で江戸時代の研究をされていた、ペンネーム山木育氏がお祝いの言葉の中で、石田梅岩の言葉を紹介されていました。
Amazon.co.jp: 日本経営の原点 石田梅岩―デフレ時代を生き抜く知恵: 山木 育: 本

直感を感じる本能というものを大事にしなさいというお話だったと自分は理解しました。蚊はボウフラの時は人を刺さない。誰に教わるでもなく、血を吸うことを行い、叩かれて殺されそうになると逃げる本能がある。その本能は人間にも備わっているという例えを話されていました。
ご本人は大変博学な方で、紀伊国屋文左衛門の紹介本がキッカケでテレビ出演され、そのご縁で熊野古道にある平安時代からの街並みが残っている町の話を関係者に話したことで、熊野古道が世界遺産になっていくキッカケとなったとのことでした。知恵も知識もある方が、本能と話されるギャップが興味深いです。そして今はまた全然違う分野でご活躍されているのが面白いです。それはまたいつか別にご紹介できればと。
その他にも個性豊かな方々がいらして、まさに華厳(けごん)のようでした。華厳とは、雑華厳飾(ぞうけごんじき)の略です。さまざまな種類の華によって厳かに飾られている様子です。華厳経の華厳です。最後にお祝いで飾られていた花も頂いたのですが、花のような人々に囲まれた楽しいひと時でした。
志をもって入社など新年度を迎えた方々は、各自決意をもって迎えられたことと思います。
『華厳経』には「初めて発心するときは,すなわち正覚 (仏陀の悟り) を成ず」とあります。発心(ほっしん)とは 発菩提心 (ほつぼだいしん) の略でして、仏陀の悟り (菩提) を得ようと決意することを指しています。
まずは、決意という意識があればもうそれは成ったも同じなのです。菩薩への第一歩おめでとうございました!