無量無辺な世界

まだ弱い太陽の薄明かりの中、男が目を覚ました。一瞬、自分はどこにいるのかわからなくなるが、寒さと布団の感触で、いま自分がどこにいるか理解した。目が覚めた時、無意識からの贈り物である、夢のお告げを書き留める習慣があった、偉人の話を思い出す。さっきまで覚えていたのに、もう次の思考へと変化していて、昨夜の夢はまた無意識の中に沈んでいった。

男の朝は、法華経の読経から始まる。思考と体験の末にたどり着いた、思考を超えた信仰の世界。一心に読経を行い、自らの声と一体化する。その時、閃きもあるが、閃きを受け止めつつ、まだまだ没頭の余地があると精進を自分に戒める。
霊能は女性のほうが優れていることが多い。自らの感覚と霊的感覚の違い。共に生活をしている受信者と、会話とも打ち合わせとも言えない時間を持つ。霊告日記はそうして生まれた。今日も始まったばかりだ。明日どこにいるか、今の時点では何ともいえない。予定はあってないようなものだ。未来は何も決まってはいない。
平均的な日本家屋の居間で、親子が会話している。技術者である父は昔から、技術が、技術を知らない人間によって活かされないことを嘆いていた。技術を持って世界に影響を与えようとしてきた父は、社会の動きに敏感だ。
「一連の原発・地震関連被害などの問題を生み出した、真の犯人たちは逮捕されることもなく、堂々と生きている。かたや、たいした問題でもないことを、重大な問題のように仕立て上げて、罪に落とされる人間もいる。権力を持つ人間の罪を身代わりに払わされる。イケニエだよ。原始社会と何ら変わらない。いや、原始社会より更にたちが悪い。神に捧げるほうがまだましだ。自分のエゴために犠牲を捧げるのだから、イケニエにされた方も救いがない。これが今の社会だよ」
その話を聞いた娘は、もっともな話だと納得はしながらも、違和感を感じていた。
「そうだろうけど、お父さんも口だけの人間じゃないか。言うことは立派で反論はできないが、ただの評論家で、仕事はしているだろうけど、家族はバラバラで、権力者たちと本質は変わらないじゃないか。ただ立場が違うだけで、本質は同じで、目の前のことから逃げている」
しかし、その言葉を口にだすほど、娘は愚かではなかった。何度となく衝突してきた結果、思ったことを口に出しても、受け入れられないことは痛いほどわかっていた。娘も父も、心の壁を作り、あきらめの中にいる。
「もうすぐ50歳か。おれの半世紀は一体どんな意味があったのだろうか?」誕生日を間近に控え、日課となっているが、やらされているのでイヤイヤ掃除をしながら、背の高い男がぼやいていた。まるで昼ドラのような家族の争いのはてに、すべてが嫌になってお寺に入れてもらったのだ。ここにいれば、衣食住はある。しかし、それだけだ。自殺しようと思ったが、最後の最後で勇気がでない。子供という存在がなければ、とっくの昔に、自然に還っていたはずだ。寺の和尚の言葉を思い出す。
「この世には人間が作ったルールよりも、はるかに大きく、そして大切なルールがある。それは、生まれたからには、とことん人生を味わい尽くして、立派に死ぬということだ。途中で、自ら退場するということは許されていない。ルール違反だ。どんな悩みも苦しみも、またどんな繁栄も富も幸福も、永遠には続きはしない。いずれ過ぎ去るのだから、いま感じることを大切にしていきなさい」
「そんなことを言っていたような気がするが、自分の都合のいいように覚えているのかもしれない。てっとり早く、誰か教えてくれ!今って言ったって、何も感じないよ。意味が分からないよ。もう何でもいい。助けてくれ。ふー。しょうがないか。あー金があればなぁ。」どうしたらお金儲けできるか考えながら、とりあえず掃除を始めだした。またいつもの日常を繰り返す。
かつて体験したことがないほどの感動と幸福感を感じている若者がいた。一体この感覚はなんだろうか?説明は難しいが、今まで意味がわからなかった絵や音楽の意味が理解できたような気がしていた。こういう感覚を何度も感じたくて、きっと麻薬にハマるのだろうと思った。何を見ても、美しく見える。特に自然を見たときにそれは強く感じた。
波打つ海面。降り注ぐ陽光と月光。すべてが昨日までとは違って見える。今まで同じだとおもっていたものが、一瞬一瞬移り変わり、その姿を変えていくことが、心で感じられる。ただただ、涙が出てきて、胸が一杯になる。一体今まで自分が見ていたものは何だったのか?と自分を殴りたくなる。目玉の前に、何十ものフィルターを通して見ていたようだ。目からウロコが取れるとはまさにこのことだと、頭の中で、膝を叩いている自分が見えた。
いまこの瞬間でも、平将門を思えば、彼と繋がることはできる。時代を超えて、同じ想いを感じられるのが霊長類の特権だ。日本人は面影の中に、大切なモノを感じてきた。表面にあるモノの影にあるモノ。感じるしかないもの。感じる力を失っては、遺伝子や国籍は日本人だとしても、もはやそこに日本人の魂はない。感じた見方、見立てを楽しみ、風流に生きる。限界がある表面の世界から離れて、際限のない影の世界を楽しむ。
繋がりを感じ、それを表す。見えない糸を見えるようにして、また見えないものを更に繋げていく。終わりのない楽しい遊び。自分だけが感じることが、どんな人でも必ずある。同じ人はいないのだから当たり前な話だ。誰かの概念だけで表面的に生きることのつまらなさ。自分の世界を感じ、他の世界と繋げることで、更に豊かになっていく、心の世界。誰かの概念が自分の概念へと繋がっていく。人と人、人と世界、霊と魂の繋がり方は多種多様だ。たった一つの答えなどない。
世界はあなたが心をひらくのをずっと待っている。物語はいまから始まる。

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