占い師や霊能者が必要とされる政治的な理由

 以前、藤田小女姫という占い師の話を書いた。その時に、それなりの人間が占いに頼るのは信じがたいという意見を頂いた。
普通に考えたらそうだろう。

まさか、トップの人間が占星術で方向を決めていたと聞いたら驚くし、そんなトップを信じられなくなるかもしれない。勿論、そう思われることは熟知していて、あえてそのことを出す人もいれば、怪しいと思われると困るからこそ隠す人もいる。
 堂々と「霊的情報を活用しているよ!」と出しても、聞いた方は、
「まさかそんなことないだろう」と信じなくて、面白い冗談をいう人だと思われることもある。
 霊の世界が当たり前の人は、ユタの活用などは当然の話だ。霊的なことの活用方法を知らない人は、周囲の人間が「あの人に霊的な話を言ったら怪しいと思われるに違いない」と判断して言わないだけかもしれない。実際、沖縄に足しげく通っている本土の人でも、ユタのことを地元の人から聞いたという人は少なかった。
最近は、そうしたことを表にだそうとしていることもあるので変わってきているが、ウチナンチュだって遠慮して話さないことはまだある。しかし、こちらが先にユタや御嶽の話をすると、面白いくらいに、
「実は行きつけのユタがいてさぁ」とか「家族がユタ狂いで困っている」と告白する人は多い。沖縄では、相談するなら弁護士半分、ユタ半分とか、医者半分・ユタ半分、警察半分・ユタ半分などといって、専門の職業の人間に相談するより、ユタに相談することを選択肢の大部分も占めているのだ。本土の人からしたら信じられない話だろう。それだけにユタの偽物も多い。これはまた別の機会に。
  企業も役所も、組織というものは大きくなればなるほど、決めるということが難しくなっていく。どちらも正しいと言えたり、そもそも答えがないような事例が増えてくるからでもある。そして、その決断によって、得する人、損する人、それぞれ利害関係が絡む人が多数になるから決めづらい。そんな時、鶴の一声が求められるのだ。
 以前、ある省庁の官僚に聞いた話だ。その省では、小女姫(こととめ)案件と呼ばれていた案件があったと。小女姫案件であると、異議もいえず、とにかくやるしかない面倒で嫌な案件だったという。
「これは小女姫案件だから」と言われてしまうと、有無をいわさず実行させられてしまうのだ。面白くないだろうか?霊とか占いというのは検証が不可能な世界だ。だからこそ、これを逆に利用することができるのだ。
そのことを政治的に利用して、決断を正当化することも出来るというわけだ。
小女姫が言っているのだから仕方が無い。これほど便利な言い訳はない。
小女姫が関与したという松下電器の山下飛びをご存知だろうか?
経営の神様と呼ばれている松下幸之助の指名で、序列25番目の平取締役から社長に抜擢したごぼう抜き人事のことだ。東京五輪の体操で「ウルトラC」を出した山下にちなんで「山下飛び」と言われた。
 当時はもう幸之助といえども、組織が大きくなりすぎて誰がいいかわからなくなっていた。でも社長を決めなければならない。実際は誰にしたってそう大差はない。でかい組織というものは、そういうものだ。誰がいいのかわからない、論理や、まして好き嫌いでは決められない。そんな時に、占い師や霊能者の出番がやって来る。
 末席からごぼう抜きするという話を聞いた時、幸之助は「これは面白い」と思った。そういうセンスはあるからこそ、名を残しているのだ。使えるものは何でも使うのが概念のない人間だ。
霊的な人たちは、しがらみや常識から自由である。だからこそ、普通の人たちにはない視点でモノゴトが見えるのだ。全部が全部占い師や霊能者の言うとおりにする人間は失敗する。
一方で、霊的な世界を活用できない人間も限界がある。人智を超えた現象を利用して、勝利に導いたリーダーの例は、歴史を調べたらいくらでもある。それを本当に信じていたかどうかなど、どうでもいい話でもある。勿論自分はそうした世界があることを信じているし、その方が面白いと感じているから、信号を活用しているのだ。

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