サプライズ

いつも言葉の限界を感じながら文章を書いている。出来るだけわかりやすく。難しい漢字や言葉使いをさけるようにしながら、いかにして言葉の奥にある世界観を伝えられるかを心がけている。

簡単な言葉ほど深い意味がある。「学ぶ心深ければ師は姿を現す」といわれるが、 同じ文章でも過去に読んだ時と、いま読むのとではまた違った感じを受けるだろう。自分の成長に応じて、受け取る内容が深くなっていく。少なくても、一つの文章で3回は違った視点を感じてもらえるよう意識して書いている。以前書いた、一石三鳥の話を覚えているだろうか?
面白いことに、意識して3つの効果を狙わなくても、自分の役目に徹して動いている人間には自然と一石三鳥の効果があらわれる。自然と無意識にシンクロが起こり、自分の予想を超えて価値を生み出すようになる。
仲間の体験した最近の事例をあげよう。クーピー体験を実施したいと感じた場所に、スタッフAたちが飛び込みで訪問した。突然にも関わらず、こころよく受け入れてくださったばかりか、心温まるショーを見ることができた。そのショーをしていた人々は、滅多にその場にはこない方々で、沖縄でも拠点がある人々だった。
 余談だが、面白いポイントとして、訪れたスタッフ全員が心温まったわけではなく、そのうちスタッフC一人は違和感を感じたと。この意味は深いがテーマがずれるので、そのうち書こう。今は読んだ人が各自で深めてほしい。同じ感覚だけの組織は弱いとだけ書いておく。
 そして帰り際に。たまたまその場に来ていた方から声をかけられたら、その方が福祉関係の関係者で、クーピーのことを説明したら、
「それって今朝読売新聞にでていた団体ですよね!」と自分たちも知らなかった情報を得ることができた。そしてまた新たなつながりもできて、はじめにつながろうとしていた場所とそれ以外の二つの接点の成果を得た。人のつながりだけでなく、ショーを見て感じた気づきや、自分たちも知らなかった情報の入手なども、動いた結果わかったことだ。一石三鳥以上の効果だ。
「自分たちの団体が今朝新聞に出ていることを知らないんて嘘だー」と思われることだろう。この点がいつも周囲から不思議がられるところなのだが、我々は相手のことを想って、その時、必要なことしか伝えないということを誰に対しても徹底している。魂にとって、一番良いタイミングということを意識しているからだ。なんでも情報共有のITの世界にいた私にとっては、この概念を受け入れるのには抵抗があった。
普通の世界では内部の人間から新聞掲載の情報は関係者全員に伝わっているのが当たり前だろう。外の世界と接するのが多いスタッフからしてみたら、「それを伝えてもらわなければ、宣伝材料として使えないではないか?」と取材を受けた人間に、「なぜ新聞掲載を教えてくれなかったのか?」と詰め寄ることだろう。それが普通の組織である。
我々の中では、必要なことは自然とわかるようになっているという価値観、スタンスが共有されている。伝えたければ伝えるし、そうでなければ無理する必要はない。今回は知らなかったお蔭で、動いた結果のご褒美ともなった。また、動いたほうも、そうした記事なしに話をすることで、自分の真価だけで勝負できる。外の価値(新聞という信用)に頼らずに、自分の存在だけの勝負をすることで力が付くのだ。
新聞掲載を上手に使えば、多くの人々にアピールすることができて、支援の輪は広がるかもしれない。しかしその一方で、真剣にかかわろうとする人間が見えなくなる恐れがある。今までは、真剣な少数の人間を集めるために、あえて間口を狭くしていた。そのお蔭で、核となる人間たちが育ってきた。これからは間口を広くしても大丈夫になってきたと感じていたら、今回の新聞掲載と自然と流れがやってきている。
あえて伝えない。そのことがサプライズになる。
極めつけがこれだ。

久しぶりに沖縄入りしたら、なんとプールのプレゼントのサプライズ。しかも全部人力で掘り作ったプール。硬い岩盤で大変な作業であったと聞いた。沖縄は日差しも暑いし、この作業で死線をさまよったという。仲間が想いを込めて掘ったプール。約40トンの作業をする大変さが想像できるだろうか?体験しないとわからないだろう。
プールを作っていたこともサプライズだが、本当のサプライズは・・・・。
長くなったのでまた次回に!

「サプライズ」への1件のフィードバック

  1. 一念岩をも砕く
    ただ一念のその生死を掛けた一念は何の為?我が生死は五分呼吸を止めていれば真剣に死の淵に気付くと考えます
    僅か五分です?
    私は18歳で越えました32年前の事でした

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