心配という名の下における支配

私がよく言う「因縁」の法則がある。特に親子、兄弟、姉妹、夫婦など血縁内での因縁問題は多い。

「因縁だけれども、仲は良いですよ。」という人がいる。しかし、因縁は因縁だ。仲が良いことが逆の作用をもたらすことが多々ある。

その良い例が、「心配している」ことだ。世間一般でいう良い親は、その子に対して、
「あなたの人生が良い方向にいくことを願っている。」
「あなたが安全に生きられるよう願っている。」
と思っている。

これは裏を返すと、
「あなたの人生が心配だ。」
「あなたの安全が心配だ。」
など、必要以上の心配をしているということだ。

「心配している。」という名の下に、その人の人生を縛り付けるのだ。これは一見、相手を心配してのことだから、良いことではないか、と思えるかもしれない。

しかし、良いことと思われることによって、実は相手の人生を雁字搦めにすることができる。

「心配だから、あまり遠くに行かないようにね。」
これは、その人の行動範囲を制限し、世界を狭くする。

「心配だから、安定した弁護士になりなさい。」
これは、その人の職業を規制し、人生の選択を狭める。

「心配だから、守ってあげる。」
これは、その人を自分の範囲から出さないようにし、自分以外の人を信じさせないようにしている。

良かれ、と思って、口にしていたことが、因縁だと実はものすごい縛り付けることになっている。いわゆる概念の押し付けだ。

つまり、その人の魂を、くだらない霊で押さえつけるとも言える。こういったことが積もり積もって、その人は自分の魂の声さえ聞くことができなくなる。

もしあなたが現状に満足していなくて、でも何をしていいのかわからない。自分が生まれてきた意味がわからない、自分の使命がなんなのかわからない、のであれば、まず因縁から植えつけられた概念を疑ってみると良い。

そのときには、必ずと言っていいほど、因縁からの横槍が入る。そして、結局そこから抜け出すことができずに「元の木阿弥」だ。これは因縁の法則である。

それを抜け出す方法は、環境を変える、間に人を挟むなどいくつか方法はあるが、一番確実なのは、沖縄のジョイントだ。それを私は、この身で体感した。

心配という呪縛から抜け出して、さぁ人生を旅立とう!

「心配という名の下における支配」への1件のフィードバック

  1. こんばんは!私の両親は離れたところからいつも私の幸せを願ってくれています。おかげで沖縄移住してきても毎日比較的幸せな暮らしができてるのかな。。
    「沖縄のジョイント」ん~・・。
    どんな事を指してるんでしょうか?!?!

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