心の財閥

心の財閥という言葉に反応がありましたので、
少し書いてみようと思います。
現代企業は、資本構成により企業の所有権が明確になっています。
所有権の割合によって、決められることが変わって来ます。
しかし、それでは働く人や取引先、株主以外の利害関係者の存在は
どう位置づけられるのかということで、「会社は誰のものか?」と
いった論争があったかと思います。
法人も、人と同じで、企業それぞれの状況があるので、本来は
一まとめできないですが、それでは色々と不都合があるので、
法でルールを定めています。
何のためにその会社が存在するのかが不明なとき、
分かりやすい目的として利益をだすことにされがちです。
利益は栄養のようなものですから、なければ餓死してしまいます。
しかし、ただぶくぶくと太るためだけの人生では満足できないのが
人間です。体力をつけて何がしたいのか?それがなければ、
社会常識として広く信じられている価値観を満たすためだけに
生きることになります。金を儲けて、物質的に満たし、多様な
サービスを受けたいといった欲求でしょう。
それで満足する人もいるでしょうし、しない人もいます。
私はどちらが良いか悪いかを判断し扇動したいのではなく、
「ただ儲けるためでは面白くない!今生きている時代を少しでも
素晴らしい社会にしていくことに関わりたい」という志と大義のある人々が
絆を作り連帯することで幸せを感じる社会の実現可能性を高めたいのです。
人はそれぞれ違う存在で、それぞれに価値があり、お互いを認め
力によってではなく、対話によって問題から新たな可能性を見つられる
社会をみてみたいと夢想しています。
志を同じくする人々が、法によるからではなく、
自主的に連帯できたら、きっと何か面白いことができるでしょう。
信頼と絆を確認できたとき、人は幸せなのではないでしょうか。
それは人間だけに限らず、人を包む生態系とも通じる概念だと信じています。

「心の財閥」への2件のフィードバック

  1. 尾関さん、こんにちは。
    “志”のところで、
    ぜひ、いつか尾関さんにご紹介したいかたがいます。
    沖縄でIT関連会社を経営されていらっしゃるかたです。
    こんど沖縄に来られるのはいつ頃でしょうか。
    またよろしくお願い致します。

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