機会は常にある!

ごきげんよう!
(これは弊社での「お疲れ様」に変わる挨拶です)
仕事をしていると、
「今がチャンスでこれを逃すと後がない」
と焦るときがありませんか?
特にこの業界は、スピード命でとにかく早くやれというのが
至上のルールになっている。
早くやろうと努力することは素晴らしい。そうすることによって
問題が明確になり進化するチャンスが増える。
行動は急いでも、気が焦ることはないのだなと最近は思う。
大きな流れで見たら、小さい人間の頭の中で考えたことが
そのとおりのチャンスであることは滅多にない。
無理をしてでもやれるときはやれるだろうし、できないときは
できない。あまり深く考えずに、とにかく目先のことに注力するのが
結局は近道なのではないだろうか。
逆に言うと、チャンスはいつでもあるのだ。
小学生のうちに大学生の問題は解けないものだ。
レベルを上げないとチャンスで得られる果実も大きくならない。
自分と運を信じて、目先のチャンスから得られることに意識をむけることが
肝要だと焦る自分に言い聞かせている。
愛のマネジメントが次世代の経営に必要だと私は考えていて、
愛を学ぶためにキリスト関係の本を読んでる。その中で面白い記述にあった。
「どのような状況にあろうとも、それを損失とみなしてはならぬ。むしろ我々が
自分の意志を神の御意志と一つものにするなら、神は我々が耐え切れない
ようなもの、理解できないものによって我々が試みに遭うことを決して許し
給わないということを思い出し、それらの状況を高みへと至るための踏み石と
なすがよい」
「機会を失ってしまったなどと決して思うな。なぜながら神の慈悲には制限など
ないのだから・・・・今日もまた主に受け入れられる日である!始めるのに
遅すぎるということは決してない・・・機会は常にある!機会は決して取り上げ
られることはない」
日本人だからと何となくキリストを毛嫌いしていたけど、
それもまた偏見だなと考えを改め、よいところを吸収することにしました。

「機会は常にある!」への3件のフィードバック

  1. 初めましてです。初コメントです。
    確かに日本でキリスト教とか、宗教って、毛嫌いされますね~。よく知らないのに(^^;)
    聖書って聞いても、ちょっと抵抗ありましたが、でも私は良いと思います。
    尾関さんのブログ、いつも拝見させていただいています!
    尾関さんが愛、にアツイので、結構好きです笑。
    だってそぉゆう人って実際少ないんですもん!!
    「愛は寛容であり、愛は情け深い。また、ねたむことをしない。愛は高ぶらない、誇らない、無作法をしない、自分の利益を求めない、いらだたない、恨みを抱かない。不義を喜ばないで真理を喜ぶ。そして、全てを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐える。1コリント13,4~7」
    主は言われる、「私があなたがたに対して抱いている計画はわたしが知っている。それは災いを与えようというのではなく、平安を与えようとするものであり、あなたがたに将来を与え、希望を与えようとするものである。エレミヤ書29,11」

  2. 結局、最後は愛しか問題解決できないと
    思うのですよー。
    殴れば殴られる。因果応報で際限なくなってますよねぇ。
    宗教にもいろんな種類がありますが
    まともだなと思うものは、科学的ですね。
    昔のほうが劣っていたと思うのは、
    ローマの歴史を学ぶだけで誤りだと気付きます。
    宗教もまた同じだなーと。

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