人を本当に助けようとするならば

「人をほんとうに助けようとするならば、誤解されるのは避けられない。ほんとうに助けようとするつもりがないなら、誤解されることもない。崇拝や賞賛の的になれる。ただ話をし、哲学を説くだけなら、人は怖がらない。彼らの人生に立ち入ろうとしないなら。

複雑な理論や思想体系を人は学びたがる。それなら申し分のない体験になる。それはエゴを強化してくれる。それはエゴを養ってくれる。だれもが知識を増やしたがっている。それは微妙にエゴを肥やす。

だが、ほんとうにだれかを助けるつもりなら、厄介なことになる。いまと違った生き方へと導かなければならない。それは人のエゴの縄張りを侵すことになる。幾世紀もの歴史を背負った習慣や構造を相手にすることになる。これは反発を招く。人々は敵意を向けてくる。人々は怖がる。助けようとする人物を敵と見なし、ありとあらゆる方法で悪評をたて、誤解を広めようとする。」

引用元: バグワン・シュリ・ラジニーシ – Wikipedia.

人と深く関わることでお互いに学ぶことができる。表面的な浅い関係は楽だが、過ぎてしまえば記憶に残らない。深く関わると因縁関係になる。因縁なくして助けることはできない。

上っ面のいい関係で満足するのではなく、怖くても一歩踏み込む勇気が大切だ。衝突や誤解を恐れていては、本当の人生を生きることは出来ない。

「良い人良い人、どうでもいい人」というセリフが自分は好きだ。単なるお人好しではその人にとってどうでもいい人にしかならない。好きも嫌いも同じだ。愛の反対が無関心というように、関わってこそ道が見えてくる。

人を変えようとするなという。その通りだが、だからといって無関心でいていいと言うことではない。変えることを目的とするのではなく、本当のあなたを知ろうとするから触れようとする。その結果、お互いが変わるだけだ。

どんな人間も、本質は光だ。関わることを恐れるがゆえに、格言を言い訳に使うのはやめよう。勇気を持って飛び込むしかない!

 

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