会社の存在

会社のあり方を考えていた。
個々人を大事にする、それは大切なこと。
しかしそれは野放しで良いというわけではない。
求めよ、さらば与えられんである。
下記の文に出会う事が出来た。
「何らかの責任は自由を犯すものではない。
実際、責任ある人々なしには自由は存在できない。
誰かが庭の面倒を見なければ、花々は咲かない。
  中略
コミューンは、個々人を尊重する。尊重するとともに、
責任も与える。その責任とは、他人に迷惑をかけないよう
気をつけること、そしてコミューンに貢献するということだ。
もしコミューンの井戸から水を汲むのであれば、
何らかの貢献をしないといけない---自分にできることを。
  中略
望ましいのは論議ではなくて、対話だ。誰かに何かを
押し付けるのはよくない。知性ある人々なら、その理由は
自分で見つけられる。押し付けるものではない。
ところが中には、放恣(ほしいまま)のことを自由だと
思っている人々がいる。放恣(ほしいまま)は自由ではない。
  中略
自由というのは、より大きな責任だ。それはあなたに
尊厳と矜持をもたらす。それによってあなたは、
自分が意味ある生活を営んでいると気づく。」和尚
自らに由る人間の集まり場つくりをお手伝いできたら
幸せに思う。皆が、誰かの奴隷ではなく、上下もなく
ただ役割が違うだけ。
愛と調和に満ちていたら美しいのだろうなと
まずはイメージしてみました。

「会社の存在」への2件のフィードバック

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