人の関心に関心を持つお話

命の学校 第5回目講義

定期的に自分を見つめ直すいい機会になっている、命の学校に行ってきました。前半は、琉球大学医学部附属病院長で、大学院の教授でもある藤田先生のお話は、想像よりとてもフランクで、ユーモアがあり、スピリチュアルな感じでした。後半は、主催者の樋口先生の講義です。

藤田次郎先生の講義感想

あくまで個人の感想ですが、女性の体に例えて作られた琉球大学病院の庭の話が印象的でした。設計の意図を知らずに、余計に植樹されて、本来の意図通りではなくなっていた庭。その木を切ることで戻そうとするのではなく、本来あったカナメの木の欠損を植樹され戻したら、自然と不思議と他の余計な木が枯れてきたと。説明下手ですいません。

一部のバランスを整えれば、自然と全体も整ってくるようなお話をされていたように私は感じました。これは後に樋口先生が触れていた最も根元的で本質的な一手と通じる話だと感じました。問題ごとに対処する方法では、本質を見ないから、手を打つごとに他の問題がまた起こってくる。生態系の中で、自然も人体も社会も同じことが言えるのでしょう。

医学的な話では、ウイルスの話をされていました。同じ人間に見えても、実は違う人間ということで、沖縄だけに多い疾患、はたまた宮古島だけに多い疾患など、知らない話で勉強になりました。

その地にとどまる人、その先に行く人、同じ人間でも違う性質があることを証明しているのがウイルスと言えるんですね。港町に多いウイルスというのが面白かったですね。

医学ぽい話はあまりなかったのですが、毒を薬にするのはタイミング次第という話が印象に残っています。同じ薬でも、受け取る側の状態で効きも変わってくるのは当たり前ですね。

言葉も、毒にも薬にもなります。子供の方が言葉の意味に敏感で純粋なのも、その場に学びにきている小学生の子から学びました。一言一言、素直だから、それに対する大人も下手な言葉は言えないことを忘れてました。

樋口耕太郎先生の講義感想

根元的でかつ本質的な言葉。適切な言葉を見極めるには、樋口先生が後半で話されていたように、相手に関心を持つだけでなく、相手の関心にまで意識を向けなければわからないこと。

相手は何に興味があるのかな?例えそれがつまらないことでも、意識を向け続けることができるか?自分はそれが苦手でした。つまらない話や興味ないことだと、途端に上の空になっていました。得手すれば、早く話やめろオーラを出していましたね。

自分のことばかりで生きてきた人生ですので、後半戦は他人のためにと思って、人の関心に関心を持つ訓練をしています。

そして、それがただ関心持てばいいわけではないので、また難しいです。その関心が本物でなければ、相手に見抜かれてしまう。言葉では説明できなくても、感覚的にはわかります。雰囲気に現れますからね。

自分のいうことを聞かせるために、関心を持っても相手には響く言葉は出てこないでしょう。私に限らず、多くの人がエゴから相手を見ていると思うので、この訓練は大変です。

経営者ほど、自分を変えずに相手や環境を変えることで望む結果を得てきているものでしょう。だから経営者は孤独だというのです。相手には関心を持たず、自分には関心を持ってもらいたい。私はそういうタイプであったので良くわかります。

自然の中にいると、土や植物のことを無視して、自分の都合で動いてもうまく生きません。人を機械のようにみると、自分だけの関心になってしまうのでしょう。人も自然の一部ということを忘れがちです。

関心の話から自尊心への話へと続いて行くのですが、これはまた面白いので、興味ある方は下記のリンク先もどうぞ。しかし、ヤクーバの話は何度聞いても心打たれるなぁ。

沖縄から貧困がなくならない、本当の、本当の理由

http://politas.jp/features/14/article/616

 

 

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