奇縁曼荼羅

世の中には面白い人や、数奇な運命を生きている人がこれほどいるんだと驚く毎日を過ごしています。保江邦夫さんという、物理学者で脳科学者で合気道の達人で軍事マニアと、最早何者か表現できない保江さんに興味深い話をたくさんお聞きしました。自宅に戦闘機があるとか、税関で飛行機が燃やされたとか、いろんな逸話をお聞きしたのですが、集中力を高めたいときやリラックスしたいときに使ったほうがいいものを紹介された話から入ります。
そのグッズとは何かというと、赤ちゃんが使うおしゃぶりだそうです。これを噛んでいるとリラックスもでき、落ち着くのだそうです。ある重量挙げの選手に、おしゃぶりを勧めたところ、控室でこっそりとおしゃぶりをはめて、その上からターバンを巻いて隠して、重量挙げをしたら新記録がでたとのことです。見た目が変なことだけのぞくと、効果はあるとのこと。お土産にあげたいけど、これは高いからと、お土産には耳にある集中力を高めるツボを刺激するグッズを頂きました。
ちなみに、マクドナルドのストローの太さは特許がとられていて、シェイクを吸うときの力が、赤ちゃんがお乳を吸うときと同じ圧力になるように計算されているそうです。その時の記憶が無意識に残っているから、気持ちよくてまた吸いたくなるそうですよ。赤ちゃん時代のことは覚えてないけど影響するんでしょうね。
保江さんは伯家神道の祝之神事というものを受けられています。実は私もひょんなことから、山梨で受けたことがありまして、保江さんによるとこの神事を受けたら、人生のふり幅が大きくなるそうで、確かにあの頃から激動体験が続いています。最近、伯家神道関係の方と会うことも続いていたので、面白いご縁です。
神事といえば、神主さんは最近仕事としてやっている方が多くなってきたそうですが、なかにはやはりすごい人がいて、これは生まれつきのもので、神様はえこひいきされるという言い方をしていました。大麻(大幣)を振ると、周囲にある器に入った水が揺れるような神主さんもいらっしゃるとのこと。神様に愛される方っていますよね。
保江さんは岡山ご出身で今も岡山の大学で教授をされています。この岡山という地は、日本の新宗教の元祖ともいうべき、黒住教や金光教などが生まれた地なのです。浄土宗の法然、臨済宗の栄西が生まれた地でもあります。その岡山の地に、サムハラ神社というものがありました。私は知らなかったですが、そのサムハラ神社は弾除けお守りが有名で戦争に行く人へのお守りとして人気がありました。が、そのサムハラ神社が弾圧されてなくなってしまい、その後大阪に寄進されて復活しました。今でもそのお守りは向かってくるような事故から守られるとのことで、実話をお聞きしましたが割愛します。お守りは人気でなかなか手に入らないとのこと。
話は戻して、サムハラ神社が弾圧されて二年後に津山事件というものが起こったのです。オウム事件でさえも、この津山事件での被害者の数は超えていません。たった一人で2時間足らずの間に30名を殺害し、最後に自殺して真相は闇に。この事件はサムハラ神社の祟りだといわれたのです。この事件が、八つ墓村の話になったわけです。警察の調書をそのまま本にしたのです。関連性はわかりませんが、異常ではあります。サムカワ神社のパワーはそこはかとなく伝わりますね。
こんな話をする物理学者って最高ですね。人柄も偉ぶらず、優しく、温かい方でした。また教えを乞いに伺いたいと思います。
最後に、突然今日知らない番号から電話があり、「週刊○○ですけど、元奥様は結婚されていたときどんな様子でしたか?今度再婚されるそうでどんな様子だったかお聞きしたいのですが」と。ゴシップ話でもしようかと思いましたがやめときました(笑)
毎日予想もつかないことがあって楽しい限りです。私も再婚したいですね。お幸せに!
 

祝你生日快楽

万葉集を読んだことがある人は少ないでしょう。山部赤人が読んだ歌で、
「我も見つ人にも告げむ勝鹿の真間の手兒名が奥津城ところ」という歌があると陶芸家の田中佐次郎氏にお聞きしました。勝鹿とは、葛飾のことです。ある悲劇の女性が葛飾のほうにいて、身投げした話が京都まで伝わり、その人を偲んでわざわざ訪れて歌をよむわけです。葛飾は当時、千葉、埼玉、東京にまたがる地域で、市川のほうにその舞台となった地があるそうです。
会ったこともない女性に対して、憐れみを感じ、現地にまで行ってしまうのです。そして誰かがその歌をまた知り、現代になっても、その地を訪問するわけです。何百年を経ても想いで人は動くっていいですね。いつか、この文章を見て、手児奈という悲劇の女性の墓に訪問する人も出るかもしれません。可哀想だなとか、愛しいなとか、憎たらしいなというような感情は時代を経ても伝わるのです。
時代を経たものといえば、陶芸もそうです。この日は、400年以上たった器で日本酒を注いで頂きました。何ともいえない気持ちになります。どんな歴史があったのか。私の人生の何倍もの時間を経て、多くの人のドラマを経てここに辿り着き、出会うのです。そして、持つべき人が持つのです。
井戸茶碗の良い器の見方は、口を見るとわかると教わり、とにかくまずはたくさんの物を見るんだと教わりました。どんな人でも最初の一歩があったのです。後日、友達の家で、友達の祖父が焼き物を集めるきっかけになった壺を拝見しました。その中に、その壷を入手する経緯について書かれていた手紙が入っていたので拝読させていただきました。そこには、最初の壷との出会い、そこから焼き物を集めてその中で感じたことが書かれていました。
奥が深い世界は素敵です。日本の文化をもっと知りたくなりました。わが子には、日本文化を伝えられる環境を残せたらと思います。

 

人間関係のカギ

世間では大塚家具さんの親子の騒動が話題になっていますね。父と娘が会社方針の違いで争っている報道をみました。そこに母や兄弟たちも巻き込んだ争いになっているようですね。傍目から見たら面白いと感じるのが人間です。親子仲良くすればいいのにと、自分のことは棚に上げて思うものです。
相手に対して心が入っているからこそ、気になるし、冷静になれないのは当然です。私も家族に対しては冷静になれません。因縁の関係は家族だけではないです。仕事仲間でも友達でも、関係が深ければ、必要以上に反感や好感を持つものです。今回の騒動も普通に考えたらどちらにとっても、会社にとっても得なことはないと思うものです。でも、損得を超えて感情が支配しているから、そこに正当な論理を持ち出してまで主張するのです。
私もマスコミで報道された時は、
「嘘ばかりいいやがって、証拠の品でもだして反論しようか!」と何度も思ったものです。それを見て
「わかる人にはわかるよ。そんなことしてもゴシップ好きが喜ぶだけでそんな人たちに飯の種を与えることないよ」と冷静に話してくれる人のお蔭で、気持ちを落ち着けることができました。知らない人や、立場が違う人から見たら、そういう見方もあるのだろうなと思えば、むかつく相手さえも許せるものです。
一時の感情を満たしたところで、自分の良心は満足するのかが問われているのだと思います。例えば、ISの遺跡破壊には悲しい気持ちにさせられますが、正しさをいくら主張しても、その正しさの奥にある心が伴わなければ共感を持たないと思います。破壊するということでしか気持ちを表せない状況にいる彼らこそ本当は悲しいのです。イスラムの主張をし破壊することでしか注目されないのも悲しいことです。ムハンマドの心を利用して本来のイスラムを貶めてしまう行為になります。かつて、イスラムの歴史を見れば寛容さがあったからこそ、ルネッサンスが起こるきっかけを作ったのですから。
今回の親子対立もどう家具を売るかの手法の話より、本当は別の理由が対立の原点にあります。感情的になってしまうときに、冷静に見ることができる人がいて、また自分の感情よりその方の意見を聞き入れるほど信頼がある人がいるのかどうかで、道が分かれてくるのでしょう。
家族の戦いは代理戦争になりがちです。その裏には対立をあおる空気を入れる人もいたりします。陰で、
「こんなことを言っていたわ」などと本人は悪気なく火をつけたりします。大体は、愛されないといった欠乏感から、問題を創り出すことが多いように思います。
大塚家具さんの件は、彼らの自己犠牲で社会に学びの種をまいているように見えます。そこから私たちは何を学べるのか?ただの面白いゴシップではなく、自分だったらどうするのか?お客さん、取引先さんだったらどう思うのか?今回の件は、男女の感覚の違いも左右していて、息子だったら違う形になったでしょう。父親と娘は似ているように感じます。だからこそ後継者になったのでしょうし、似ているからこそ余計に鏡のような対立になったのでしょう。
報道を見たとき面白いなと感じたのは、社長である娘さんが記者発表している当日が誕生日だったと話していたことです。それが226の日で、この日は他にも岡本太郎なども誕生日で、自分の中でシンクロがありました。きっと娘さんがカギを握っていると思います。