ひたむきさ

21日に、Birthで出版Partyを開いてくれた若者がいた。
彼とは、春頃渋谷で出会った。
渋谷で時間ができたので、ブックファーストに足を運び、用を済ませて
店外に出たところで話しかけられたのだ。ちょうど数日前に、テレビ放送された
番組をみたとのこと。そのときには、彼が東大生でNPOをしているという
自己紹介を聞いただけで、格好の良い好青年だなという印象だった。
例のごとく受身な自分に対して、熱心にメールをくれたり、会社に遊びにきてくれたり
していた彼が、自ら道を開き、会ってすぐに聞いていた出版計画を実現したのは
とても嬉しい出来事だ。
自ら行動するものには必ず道が開けるという実証だ。正直、彼から渡されていた
原稿は最初の数行を読んで停止していた。言い訳がましいが、その頃は読書を
する気分にならなかったのだ。何より出だしが怪しかった(^.^)
「2011年
日本を終わった。
残ったものは、半端な人間と過去の栄光だけだった。
日本の終わりと新たなグループの出現。
すべては僕とKeiが巻き起こしたことだった。」
しかし、出版された本を実際に読んでみると、彼の熱意が伝染したような
気持ちの良い高揚感に包まれた。年下にやられたという想いと共に、彼からご縁を
作ってくれたことに素直に感謝できた。
変に狡賢くなって見失っていたものをまたそっと蘇らせてくれたようだ。
無我夢中で立ち上げをしていた2000年の頃を思い出す。
心にエネルギーが足りないと感じる人は、この本を読んで見て欲しい。
「ひたむきさ」何をするにも大事なものを人は見失いやすい。
この本にはそれが満ちている。読者にも彼の想いが伝わり、かつての輝きが
取り戻せるだろう。きっと彼は日本にとってなくてはならない人になるだろう。
私もそうなりたいと原点に戻してくれた。きっかけをありがとう。
そして、出版おめでとう。
「東大コーチ」
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4883810313/ozeki-22
著者のサイト
Ps:今の20歳前後の人は、確実に自分たちとは違う。日本に危機感を覚え、自立することを
 考えているように思う。頼もしいと共に、うかうかしていられないなと励みになるのう。

本源的な秘密

もうかれこれ10年以上PCを使っているが、
画面の文章を読んで涙を流したことは今日が初めてだ。
昨日、「コンスタンティノープルの陥落」を読んで感傷的だったのだろうか?
それとも、映画「ビックフィッシュ」の父親の愛に影響を受けていたのだろうか?
理由はわからないが、今日生きていたら誕生日であった和尚の言葉に感動したのである。
最後まで読む前に涙が溢れ出し、最近もやもやしていた気持ちが大分整理された。
最近特に愛がないと自覚していたので、ご迷惑をおかけしている周囲の皆様ごめんなさいでした。
感動のきっかけをくれた三木さんありがとうございます。
近日お話をお伺いしたく思います。後でメールします。
和尚の言葉を伝えてくれた三木さんのBlogはこちら
http://blog.livedoor.jp/anandtao/archives/10527606.html

人口構造の急速な成熟化

年度末でもあることなので、最近学校に行っている。
きちんと授業に出てみると、学ぶ心深ければ師は姿を現すという格言を
再認識させられた。
先日、国際経営戦略の授業で「人口構造の急速な成熟化」についての
考察を伺った。20世紀はどのような世紀であったか?
日本に限って言えば、人口を3倍にした100年であったともいえると。
詳しくは、超シリーズの野口悠紀雄氏の連載をお読みいただけると
上手にまとまっている。
■今後は減少する日本の人口
■今後進展する異常な高齢化
2006年に、日本は総人口のピークを迎える。我々は、日本人がもっとも多く存在した
時代の目撃者なのである。それを境に、毎年平均60万人ずつ人口が減っていく。
60万人とは、鹿児島県の人口と同じであるという。毎年鹿児島人に相当する人口が
日本から消えていくようになるわけである。そして、2050年には総人口で1億人を
割ってしまう。かつ、そのうち4割が60歳以上の老人となるというのだ。
総人口のピークは2006年だが、日本の生産年齢人口は1995年の8716万人が
ピークであったのだ。
「国立社会保障・人口問題研究所の予測によると、日本の生産年齢人口は、
2020年には7445万人となり、95年に比べて1271万人も減る。2050年には
5389万人となり、95年に比べて実に3228万人も減る。これは、95年の6割
程度の水準でしかない」超リタイア法より
労働人口が大幅に減っていくのだ。授業では、移民受け入れとロボット化が
必須になっていくのではないかと語っていた。野口氏は、製造業は海外移転で
まかなえるが、サービス業の労働力不足が深刻化するだろうと予測する。
お隣の中国では、今後も人口は増え続け、日本対中国の人口比が
1:10であったのが、1:17になっていくとのことだ。サービス業の労働力は
中国から輸入されるのではないかと野口氏も語っている。
人類が一度も経験したことがない、高齢化のために歴史の先例に学べない。
かつて、ローマは現在のアメリカ合衆国のように開国解放政策によって1千年栄え、
ベネツィア共和国は鎖国政策で1千年栄えた。どの方策も採ろうとも、隆盛したから
には衰退は必定だと、塩野七生氏はいう。寿命を延ばすには、有能な指導者を
育成することだと彼女はいう。
のんびり老後は引退などといってはいられないのが現状だ。将来に備えて
布石を打たねば、企業も人も、勿論日本も相当苦労しそうである。
42歳寿命説という本が、以前ベストセラーしていたが、今となってはそれが実現したほうが
苦労少ないのではないかと思うのは皮肉である。

現代のロールモデルと災難

友人の松山太河に 稲盛和夫の哲学をもらった。稲盛さんの言うことは至極もっともなことばかりである。
さすがに京セラを作り上げた人は違うなーと思う一方で、当たり前すぎて違和感もある。
たとえば、人間は苦労しなきゃいけないと、二宮尊徳の例を出されたりしているが、
それはそのとおりでわかるけど・・・となってしまうのではないか。正論は苦しいというか
貴方の言うとおりだけどといいたくなってしまう。
恵まれた現代においては非現実的でロールモデルにはなりにくいのだ。稲盛さん自身をみても
えらいとは思うけど、なりたいか?というとそうではない。彼らの時代と我々の時代は違うのだーと
言いたくなってしまうのは天邪鬼だろうか?
貧乏で苦労するより、豊かで苦労することを選ぶほうが、俺は尊いと思うのだ。
生まれながらに豊かでも、皆のために尽くした人々はたくさんいる。しょうがなく、その道しか選べ
なかった人より、遊びも堕落もできる環境下の中、偉業を成し遂げた人物のほうが
現代では共感を得るのではないかな。
そういうことを差し引いても良書である。この値段で学べるのは幸せだ。ぜひ読んで欲しい。
個人的に一番感銘を受けた箇所をご紹介します。災難について、和尚さんが語った言葉です。
「苦労するのは生きている証拠ですわ。災難にあうのは、過去に作った業がきえるときです。
業が消えるんですから、喜ぶべきです。いままでどんな業を作ったかしらんが、その程度のことで
業が消えるならお祝いせんといかんことです」
問題はHappyの別な側面での見方ですね。
為になりました。たいがありがとう。

自由の功罪

「自由って自らに由るって書くやん だから自分を拠り所にするってことかな」
コメントありがとうございます。詩人ケン読んでみます。
自由って人によっては辛いことみたいです。
自分の頭で考えて選択することが嫌な人もいるんですよね。
お任せしたいと。私も、ファッションに関しては自由が嫌で
お任せしたいという想いからZeelを作ったわけです。
マキャベリも、
民衆というものは、善政に浴しているかぎり、とくに自由なぞを望みもしなければ
求めもしないものである
」と書いています。
経営においても、あまり部下の自由度が高すぎるのも、それはそれで酷なことなの
かもしれないなと感じる今日この頃。ある一定の枠組みや、制約があったほうが
燃えるのは恋愛だけではないかもしれませんね(^^♪
選択肢を挙げるのも一つの愛なのかと。

幸福について

折角コメント頂いたので、お題に沿って書かせていただきます。
以前、「幸福はどこにある」で少し幸福について触れたことがあります。
結局のところ、幸福は今にしか存在しないですよね。過去の栄光に浸っているときでも、
それを考えて楽しんでいるのは今なのですから。その過去の栄光があるから、今幸せという
ことでもなく、幸せと感じられることを考え方によって感じることができれば、何でも幸せに
なるものなんでしょう。
なので、ご飯を食べて、「まいうー」と感じることと幸福は似ているのだと思います。
子供の頃は、嫌いなものが多かったので、ご飯が時には苦痛になりましたが、
大人になった今はほとんど嫌いなものがありません。
好みが広がると、幸福感度も高まりますね。好き嫌いないほうが幸せですよね。
あれもいいし、これもいいと。
女性に対しても、以前なら、例えばロンゲで女性ぽい人を好んでいましたが、
ショートで男性ぽくても、いい感じジャンと感じるようになって好みの幅が広がりました(^_-)-☆
以前よんだ本に、
「幸福とは、ものではなく、そのものの味なのです。すなわち、幸福とは『形あるもの』に
あるのではなく、『形ないもの』になるのです」
と書かれていました。
細かく説明するとえらく長くなるのではしょると、幸福を感じるには、
「意識的にエゴを抑えて、覚めた目で客観的に自分を見、自分の状態を把握しつつ、
動と静を選択的に生きることを自在にできる」ことなのかと。
人は、電気のような、霊気で生かされていると私は思っているのですが、
そうした気のエネルギーが満ち足りていれば、常に幸せでいられると思うのです。
それがつまり、悟りの状態ではなかろうかと。
まだまだ完全に消化し切れていないの、解り難いかと思いますがご容赦を。
でわまたまた。