「本の紹介」カテゴリーアーカイブ

建国大学という夢の果てに

久々に感情が大きく揺さぶられた本だった。切なく泣きたくなるような気持ちが一番残ったが、同時に人と人との本当の絆をも感じ、胸が熱くなることも多々あった。絆を感じられるのはある意味幸せなことだが、運命の悪戯と呼ぶには過酷すぎやしないかと神に問いかけたくなる。想像を絶する想いがあったことだろう。視座が高ければ高いほど、悔しさに涙したことと思う。人間の生き様を勉強するには最適なドキュメンタリーだ。高校生くらいに読むことを勧めたい本だ。人の価値とは何かを考えさせてくれる。

いかに自分達が甘ったれな時代を生きているか、否が応でも自覚させられる。当時の彼らが持っていた気概と覚悟、人生を生きるとはこういうことだろう。人間力が違う。夢と希望を持って入学したであろう建国大学生。彼らの運命は数奇というには簡単すぎる。

かつて満洲国にあった、建国大学というその名が示す通り、満洲国を背負っていく人物を輩出するために作られた大学。当時のスーパーエリートが集められて、日本人は半分、他は中国人、韓国人、モンゴル人、ロシア人が同じ寮に住み、当時としては画期的な言論の自由が保障された大学だった。日本の敗戦でわずか数年で無くなるが、そこで出来た彼らの絆は一生ものだった。

逆説的だが、過酷な運命が待ち受けていたからこそ、絆は強くなったのかもしれない。人間万事塞翁が馬である。人は過酷な試練があるから成長できるのも事実だ。私だったら望んで試練を受けたくはないが、登場人物の一人は自ら他人の試練を代わってあげるという男の中の男が出てくる。人知れず、目立つ訳でも注目される訳でもなく、こうした人がかつては当たり前のようにいたんだと思う。

そうした人たちが日本の強さを支えていたように思う。本当に価値あることは見えないものだ。失って初めて気が付く。今、私たちも魂を失ってしまった社会で生きている。だからこそ、魂震わせて生きている人たちのストーリに感動するのだ。

煉獄さんが人気になったのも、心の中ではそうした生き方をしたいからだろう。心を燃やして生きたい人には、本書はおすすめなので是非一読してほしい。770円で心震えるのだから安いものだ。貴重な証言を残してくれた著者に感謝したい。素敵なお仕事をしてくださりありがとうございます。

「沖縄から貧困がなくならない本当の理由」と私

沖縄に来て良かったなと思うことの一つに、樋口先生との出会いがあります。彼が主催していた、次世代金融講座を受けて、ここに私が求めていたものがあったんだと感動しました。この本「沖縄から貧困がなくならない本当の理由」に続く次回作では、きっと次世代金融講座の内容も含まれるでしょうから次作も楽しみです。

かつて私が愚かな失敗をして落ち込んでいた時も、温かく励ましてくれた典子さんと樋口さんは、私にとって理想的な愛の関係を築かれているように見えます。お二人の愛のお陰で、人間不信だった私もまた立ち直ることができました。自分の不信ゆえにお二人を傷つけてしまったこともありますが、それでも辛抱強く付き合っていただけました。あの出会いがなければ、また人を信じることをできなかったように思います。とても感謝しております。

お二人の結婚式に呼んでいただいた時も、樋口さんと典子さんのために何か私が貢献できることがあればいいなと心から思いました。今思い出しても、とても心に残る素晴らしい式で、いまだにあの時を思い出すと涙が溢れてきます。人生において、そんな素敵な時間を共有できたことを嬉しく思います。

私が稲穂産業の代表になることを悩んでいた時も、樋口先生のアドバイスがなければ、また沖縄に戻ってやろうとは思わなかったです。農業や酪農について勉強するきっかけをくれたのも、樋口さんです。私の第二の人生において、とても大きな贈り物をいただいています。樋口さんが、
「尾関君は何かわからないけど何かをやりそうな雰囲気があるよね」とおっしゃってくれたことが大きな励みとなりました。人ときちんと向き合うことの大切さ、一人一人がとても大きな力を持っていること。愛の経営。振り返れば、たくさんのキーワードでヒントをいただいてきました。そして、それは私にとってのみならず、志を持つ人にとっては誰にとっても福音となる贈り物です。今回出版されたこの本も、多くの方にとって贈り物となることでしょう。

本書の内容については、過去の講座と同じように何度読んでも、いつ読んでも古くならない内容です。丁寧に愛を持って仕上げた本だということが伝わります。執筆しているという話を聞いてから、だいぶ経って出版されましたが、タイミングとしては丁度良い時期になったように感じます。コロナ後の社会、新しい時代に相応しい社会にとって大切な視点が含まれているので、どう生きていいいか悩んでいる方はヒントが詰まっている本です。順番に読んでいけば、推理小説のようにパズルが解かれていくような感覚を覚えるかもしれません。

私が中でも好きなのは、まず本当の問題は何か?第1章の
「正しく問う、それが全てだ」だけでもまず読んで欲しいです。第5章のキャンドルサービスは、経営者なら是非読んでもらいたい内容です。心の筋トレは簡単ではありませんが、気づくたびに努力しています。誰でも自分を変えることで世界を変えられるのです。そう勇気をもらえる本だと思います。

本日は沖縄は慰霊の日です。本書が多くの魂を癒すこととなり、沖縄が平和の架け橋になるよう祈念します。

食の未来のためのフィールドノート

この本を読み始めたけど、面白い!NYのブルーヒルというレストランのシェフのノンフィクション。一部を後で紹介します。今世紀は気候変動が激しくなり、20世紀と同じように食料を生産できなくなるでしょう。法律やシステムではなく、例えばコンビニを時代遅れだと思い、添加物まみれの食に対するあり方が変われば、社会が変わるのは確実です。

自分も農業に関わることになってからわかったことが多い。今後、食糧危機だって起こるかもしれない。何れにしても、自分たちの食事くらいは作れるようになりたい。

以下転載

土壌浸食、灌漑用地下水の水位低下、漁業の崩壊、森林の縮小、草原の荒廃は、僕たちの食システムがもたらした環境問題のほんの一部にすぎない。気温がこれからも上昇していけば、問題はどんどん増え続けるだろう。
僕たちの健康も被害をこうむった。飲食に起因する病気、栄養失調、肥満や糖尿病など食習慣に関わる病気の発生率が上昇しているのは、食べ物の大量生産に一因がある。このような状況は強い警告として受け止めなければならない。健康を損ない、天然資源を濫用するような食べ方がまかり通るような従来の食システムは、(当然ながら経済や社会に影響をおよぼすばかりか)持続不可能である。

従来の思考様式に基づいた農業ーより多く奪い、より多く浪費するーによって相変わらず食べものの大半が提供されているのは事実だが、心の中で常識ある声がささやき、長くは続かないと警告している。

「あらゆる面で度を越したプロセスによって最後は自滅する」だろう

食は「農業とは切っても切れない関係を持った行為であり、食事の取り方を見れば、世の中に取り組む姿勢がわかる」ものだ。

命の学校 「悲しみを聴く」奥野修司氏

ノンフィクション作家として実績ある奥野氏の講演をお聞きし、その後も麗王にて長く話す時間を頂きました。奥野さんは私が持っていた作家さんのイメージとは違い、ただ聴いて書くだけでは終わらない方でした。

作家さんは文章などにまとめ終わったら、そこで取材先とも終わりになるのが一般的ではないでしょうか。奥野さんはその後も関係が続き、時には自分から積極的に取材した相手に働きかけて助けようと動いたりするのです。ただ仕事の為に話を聞いている人とは違う、人間としての関わりを持つ覚悟のあるスタンスだからこそ、奥野さんだけに話す方がきっと多いのだろうと思いました。「聴く」と「聞く」の違いです。聴くは傾聴するという意味なんですね。

認知症への理解も深まりました。男性と女性とでは認知症になった時への反応は違うそうです。そして認知症に対して知識がないと、男性は引きこもりがちになるそうですよ。認知症といえども、すべてわからなくなるわけでもなく、人によって症状は全然違うそうなので、認知症について知っておくと、自分のためにも相手のためにも役立つので、自分とは違う世界のことと思わず知ろうとする心がけをしたいですね。無知の罪とも言いますし。

ちなみに、人の話に対して、反応するのではなく、受け止めるというスタンスは、どんな人に対しても通じるものですね。人の話を聴く授業というのもあったら、人間関係が大きく変わり、社会にとっても良い効果をもたらすのではないかと感じました。

あと印象に残った話で、悪人か善人かを認知症の人は見分けるという話がありました。人は欠損する箇所があると他のある部分が鋭くなり、人を見抜く力がすごくなると。わかりますね。死が近い人間の方も、鋭くなるそうです。嘘が通じないから、自分の内面が試されます。子供も見抜いているのかもと思います。

残念なことに認知症患者は、イギリスやアメリカは減っているのに、日本では増えているそうです。これは個人的には食べ物や、人間関係が影響しているのだろうなと思っています。食べ物や精神衛生には気を使っていきたいですね。

あ、そうそう、脳の角回を刺激すると幽体離脱が起こるという話は衝撃的でした。衝撃的といえば、こちらの話も衝撃!
 サイエンス誌に掲載されている論文でも40数パーセントは再現性がないというお話。科学ってその程度の客観性なのかもしれませんよ。脳みそは柔軟にしていきたいです。

個人的には、認知症の話より、奥野氏が農業についても本を出されているので、その辺のことを講演後に色々とお聞きできたのでとても勉強になりました。このこともまた次回に書きたいと思います。最後に、スライドの最後にあった言葉をご紹介

見ようとしなければ、見えないものもある。深いですね。

この本も是非見ようとしてみてください。

女傑万歳

最近、Blogの更新を頻繁にするように心がけている。リハビリのつもりで、内容が薄くなったとしても頻度を上げて、アウトプットしていく。すると自然とインプットも増えて、質も向上していくと楽観視している。

以前は読書が大好きだったけど、監禁されてからというもの、読書する気にもならなくて、読む習慣が途絶えていたので、読書の習慣を戻していきたいのもある。

最近、気になった本は買うようにしていて、積ん読が増えているけど、読みたい時に手元にあればストレスなく読めると思って置いてある。

今日もセールしてたのでKindleでこんなのを買いました。

二冊とも100円ですから驚きです。いつ読むかわからないけど、役立ちそうだなと買ってみました。

今度、奥野修司氏が命の学校で話されるので、
こちらの方が親和性高そうなのですが、興味があった下記の二点の方は買って、こちらはまだ。お話を聞いてからにしようかと思っています。

ナツコは今読んでますが、なかなか面白いです。沖縄人が自分たちらしく逞しく生きていた時代の雰囲気がわかるような感じがします。女性というのがまた良いですね。

女傑といえば、こんな方もいらっしゃいましたね。女性が活躍する時代は自由な雰囲気があるような気がします。

今週はInahoに東京で活躍する女性カメラマンが遊びに来ます。カメラ教室とかもやりたいねと話していました。彼女らと一緒に収穫祭やります。彼女も私と同じ、元配偶者が有名人だった人です。本人は嫌がりますが。興味ある方はご連絡くださいませ。

Oz Salon
http://www.fa-fa.com/?page_id=1418

ラストイニング

野球漫画はあまり読まないのですが、この本は戦略的で面白いと聞いたので読んで見ました。まだ途中ですが確かに面白い!主人公の名前が、鳩ヶ谷といい、私の実家がある場所と同じ名前なのがまた気に入りました。

こういうシンクロにご縁を感じて、何か自分にとって大切な教えがあるのではないかと深読みしてしまいます。いろんな状況が出てくるので、今の自分にピンとくる状況や言葉があるかもしれません。必死に何かに向かっているけど、打開策が見当たらない時とか、気分転換に読んで見たら、またエネルギーが貰える漫画です。

さて読んでいて気に入ったセリフがこちら。

うまくなるには自分が得意なことをやればいいが、勝つには相手が嫌がることをやんなきゃいけねぇんだ!!鳩ヶ谷監督

実力が伴わねぇのに何でも出来ると信じ込ませることが洗脳じゃなくて何だってんだ!!熊谷監督

相手の嫌がることをする。今まで勝つためにそれを考えたことがなかったから新鮮でしたね。勝負ごとに必死になって一生懸命に取り組む姿は、青春で萌えますねぇ。

自他の苦手なことを理解して、どうカバーし、どう攻めるか。そもそも相手を理解しないと、相手が嫌がることもわかりませんね。わかるのは、それだけ真剣に相手を見ている証拠。

嫌がることがわかるなら、喜ぶこともわかるはず。必死な姿は人に伝わるものがあるなあと感じます。その熱意がまた次の展開を呼び込む。まだ15巻目なので今後の展開が楽しみです。

ぼくの学び舎

命の学校の講演を聞いてきました。徳永進氏は、医師であり作家でもある方の講演で、笑いが沢山散りばめられた気取らない講演ですが、話の節々に知恵や豊富な知識が光っていました。会場はお人柄を反映するように、堅苦しくなく、穏やかな笑みで満ちていました。

講演のタイトルが「ぼくの学び舎」ということで、徳永氏が臨床の現場やあちこちで気が付いたことをエピソードを交えて伝えてくれました。

冒頭から、
「病気が道を開いて行く」と刺激的な言葉にハッとしました。どこで何を学ぶか、学び舎はどこにもあり、問題意識がある方は出会う人が全て師になっている姿を実践されているのですね。

例えば、前科9犯の人が病院にきた話など、面白おかしく話しながらも、深い学びの話がありました。私が印象的だったのは、同じ数字の9でも、人によってはすごい犯罪者と思い、また違う人は二桁犯にならないうちは大したことないと捉えたりと、人によって見方が変わることでした。

自分の見方では気がつかない可能性や見方が実は眠っていることに忘れがちです。ダメだと自分は思っても、そうではないのです。私たちが今作っているコミュニティでは、可能性に満ちた見方で物事を見る力をつけていきたいと思います。

そして、前科9犯の人の家に行った話から、彼のいる環境が彼を作った話になり、それを既に見抜いていた人がいるとして、
ヴァージニア・ヘンダソーンの看護の基本14項目を話されました。ここに最後一つの項目を徳永氏は付け足していました。

話は飛びますが、あることを伝えるとか、伝えないとかの世界ではない、伝わる世界があることを知った話も面白かったです。言葉ってもどかしいけど、ときには匂いのように伝わることがあり、そうしたことを論理や科学では説明が難しいんですよね。

講演の感想も、全部書けないし、書いてないけど、感じたこととか、それを文字だけで伝えようとするのはとても難しいと思います。ここに書いてあることも、徳永氏が本来伝えたかったことではないかもしれないのです。私なりの理解であって、それで良いと彼はいうと思います。

私が勇気付けられたのは、卵焼きの話です。患者さんの気持ちが薬ではなく、卵焼きで救われる人もいる。面白いのは、医者が患者さんを救うために考えられることは、医療制度して点数が出ることばかりだけど、看護婦さんの卵焼きの話は点数がつかないけど、立派に医療として役立っていることです。

人によって効く薬が違うことを、
「心のくすり箱」として本を出されていたので読んでまた紹介しますね。

パイオニアは点数がない、売り上げがなかったりすることを連想しました。画一的にするってことは経済行為としては当たり前なんですが、手間暇のかかる個別対応の中にしか、愛、思いやりとかが入る余地はないのではと思います。

画一的とはマニュアル化ですが、ロボット化、コンプアライアンスとか、現代社会が志向している社会では嘘が多いと語ってくれた時は、我が意を得たりの思いでした。

徳永氏は、太古から続いている言葉が良いとおっしゃってました。患者さんが家族に寄り添って寝てと言っても、
「病院だからダメ」と返してしまうと。そういう言葉は昔にはないから違うと例を語ってくれました。本当に大事なことしか、死の淵の人は言わないと。死を目前にすると人は嘘がなくなるんでしょう。

太古からある人間が本来持っている感覚というものを大事にしたいですし、そうした感覚を研ぎ澄まされる場所を私は作りたいと思います。自然の中だからこそ、こうした感覚を感じるのです。焚き火とかしているとそんな感覚を覚えます。

他にも自分メモとしては、

  • モハメドアリの励まし人間
  • 相補性
  • Sit here now
  • パラチャーチ
  • タゴール 作られた道、湧いてくる道
  • 光合わせ 田口ランディ
  • どちらでも

などなど、彼の話に共感できる人と一緒に働きたいと思いました。お世話になっている人が誕生日だったので、この講演の話を伝えたら、

「良く死ぬことは良く生きることですから、やがて来るその日まで心身共に健康で生を全うしたいものです」とお返事が。

良く生きて、良く死んで行く場所。その過程を共にできる場をInahoで作っていけたら素敵だなと思いましたね。

さて最後に、徳永氏の著書と、推薦図書をご紹介します。まだ未読ですが、買いましたので読了したらまた報告します。ご興味ある方は是非ご覧ください。そしてそれについて話が出来たらと思います。

先生の可愛いサイン

推薦図書はこちら

サバイバルと村つくり

小学校の頃、この本が好きでした。

実際にキャンプによく行く訳でもないのに、サバイバルという響きに憧れがありました。水がないときはこうすればいいとか、普段の生活でもマッチを持ち歩いてみたりと、今思うと笑ってしまいますが。

ロビンソンクルーソーとか、15少年漂流記なども好きでした。実際に遭難になったら、都会っ子なもので、虫イヤーとかなるんだろうけどと思いながら読んでました。

アニメでも南の島のフローネとか思い出深く残ってます。何かわからないけど気になっていたんですね。映画とかだとたくさんあるんですが、

特にこの辺が印象強いです。

漫画でも、

サバイバルが愛読書でした。ゴルゴ13よりもこちらの方が私は好きでしたね。


ドラゴンヘッドも覚えてますか?トンネルを抜けたあたりのことを覚えています。山賊ダイアリーと新白河原人は、日常でのサヴァイブ術で、刻々はちょっと毛色が違いますが、選択と覚悟がサヴァイバルです。

で、最近面白い漫画を読みました。この本を紹介したかったんですけど長くなりました。


7seeds。絵柄が少女漫画なので男性は苦手な人が多いかもしれませんが、35巻を飽きさせずに一気読みしたい気分にさせてくれる作品でした。7seedsを読んで、サバイバルをテーマにした内容にも男女の差があるんだなと感じましたね。壮大なテーマと複雑に絡んだ人間関係がよく練られててオススメです。男が書くサヴァイバルって、自分視点が中心のような気がして、生き残ることが重要で、直線的。女性が書くサヴァイバルは、関係性や生きる意味など、曲線的という印象です。あくまで私の印象ですが。

話は戻して、7seedsで印象に残っているセリフが、

「誰かを
まるごと 理解して
受け入れることは
なんと難しいか」7seeds

人は一人では生きられないけど、誰かと生きるのも簡単ではないことを、サバイバル本は感じさせてくれます。選択によっては命がけになったり、一期一会でもう会えないかもしれないということを感じさせてくれるのが好きなのかなと思います。

で、最初は冒険と旅なんですが、それから日常生活を作っていくんですね。

それが村つくりな訳です。リアル、シムシティ。村づくりをされている方も増えました。Dash村も村づくりの人気コンテンツです。コミューンのような動きは、ヒッピーカルチャーの頃からもありました。ダマヌールクリスチャニアは有名ですね。

最近では、パナマでカル・ヤラというコミュニティができていて、注目しています。ここは、今までのヒッピーコミューンがお金がないか、自給自足志向なのと違っていて、ビジネスして社会と関わりながら持続可能な社会することを大事にしています。今私がやっている沖縄のInahoのロールモデルの一つとして注目しています。

Inahoの広さは50万坪。東京ドームでいうと35個分くらい。約406エーカーくらいで、カル・ヤラが575エーカーなのでInahoより広いですね。

Inahoは焦らず、急がず、じっくりと毎日の生活から学びながら進めていきたいなと思っています。歩みがのんびりですが、一つ一つ物語を紡いでいきたいですね。

極限のサバイバルではありませんが、水のポンプが動かないとか小さなトラブルを日常経験しながら、生活を楽しんでいます。便利だと見えない、不便だからわかることを大事にやって行くのに、サヴァイバル本などで学んだ心構えが役に立ちそうです。

人生どこで繋がるかわからなくて楽しいですね。

Ps:
首謀者が明かす。パナマ・ジャングルの“金を生む理想郷カル・ヤラ村”の全貌と実態「みんなずっと滞在したくなる」

H:貴重な通信ですね、ありがとうございます。まずはじめに「“モダンなサステナブルタウン”、カル・ヤラとはなんなのか」、もう一度首謀者自身であるあなたの言葉でお願いします。

J:端的に言うと、カル・ヤラは“社会的・環境的責任のある街”を構築するための試み。人類が互いにとって、社会や経済、産業システムにとって、そして地球環境にとって優しい存在になれるかを実践する場所だ。今後人類は、どう地球の自然環境を保護し向上させていくか考えなければならないからね。

H:それを575エーカー(東京ドーム約50個分)の広大なジャングルでの“実践”、思い切ってますね。そもそも草案は、少年時代に没頭していたシムシティ(自分の街をつくるシミュレーションゲーム)だと聞きましたが…。

J:そう、15歳のときからかれこれ20年以上、人類文明と地球環境の共存について考えていることになる。そして、パナマのジャングルに街をつくったのが10年前。ここだったら熱帯地域だからエネルギー豊富で水も太陽光もたっぷりあるから年中エネルギー供給には困らない。作物も育てることができる。冬だからと休業する心配もないしね。それにパナマは小さな国だけど、とてもインターナショナル。街を歩けば、スペイン語に英語、中国語にヘブライ語だって聞こえてくる。多様性に寛容な国だから、グローバルが核のカル・ヤラにとってぴったりの場所さ。

H:然るべき場所にカル・ヤラは生まれた。現在、7年前から開始した教育プログラムが絶賛遂行中です。原始的な“ザ・村づくり”から、現代に必須のメディアコースまで多岐に渡っている。毎期、定員を超えるほど人気があるそうですが、一番人気は?

J:サステナブルアグリカルチャー(持続可能な農業)だね。コースでは、コンポスティング(堆肥化)の実技から、化学物質による土の肥やし方、植物のライフサイクルに至るまで土に関するすべてを学ぶことができる。それに農家の野菜がレストランへ運ばれ、消費されるまでのビジネス面もね。

以下中略

袖振り合うも多生の縁

評価:
ホテル日航アリビラ編集室
英治出版

¥ 864

(2014-12-03)
コメント:ふとしたご縁から企画会議にも参加させていただいた思い出がある本。

 タイミングはとても大事です。タイミングがいいと、シンクロニシティが起こりますし、後にそのタイミングでしかなかったとハッキリわかります。パズルゲームでの連鎖反応のように、タイミングが良いことが続くと勢いに弾みが付きます。タイミングが悪いと逆に勢いが削がれてしまいます。いつもトントンと行けばよいわけではないので、良い悪いではないですが、気持ちいいのはいいですね。
 前に沖縄でタイミングよく、日航アリビラの企画本の会議に参加したことがありました。英治出版の原田社長のご厚意で機会を頂きまして。日航アリビラ20周年を記念して、周囲と共にあるアリビラのあり方を表現しようと議論していて、秘話などもお聞き出来て貴重な会合でした。まさかあそこにあんな秘密が!と関係者でなければ聞けない話は面白いです。話ずれましたが、ホテルと地域のあり方について、人がその根本にあるという想いは賛同できるものでした。
 ホテルと言えば、沖縄でホテル経営をしたことから、人生を大きく変えた樋口さんという方もいます。彼の経緯は勉強になりますし、講座は面白いので是非受講してみてください。受講の前に話が聞きたければ、那覇にある麗王というお店に毎日いますので伺ってみるのもお勧めです。
■次世代金融講座
http://www.trinityinc.jp/updated/?cat=85
「沖縄のホテルはどこがいい?」と聞かれたら
「アリビラがいいよ」と推薦してますが、この本を読んだら更に読谷村という場所に行きたくなることでしょう。本というキッカケで何かが生まれるのは本好きとしては好きな瞬間であります。英治出版の本にはタイミングよく刺激をもらうことが多いです。自分が好きなジャンルが多いですし、原田さんの人柄がその周囲に魅力的な人を集めるのだと思います。人との出会いもタイミングです。思い立ったが吉日。出会いの旅に出かけてみてはいかがでしょうか?
 かつて、英治出版さんで出版させていただいたことがありました。次はベストセラーでも書いてお返ししたいですが、、、その時はその印税のお蔭で、タイの山岳民族支援が出来ました。自分の原点でもある山岳民族の支援が出来たのは原田社長のお蔭ですので、次はその原田社長への恩返しをしたいなと思っています。英治さんにはお世話になりっぱなしですが。
他の本もお勧めですのでチェックしてみてください。お気に入りが見つかりますように。
http://www.eijipress.co.jp/book/

アルケミスト

 先日、「錬金術の秘密」を書いた。それを更に深めてみる。まず、紙コップと聖杯の例えを書いたが、実は聖杯の対極が紙コップではない。聖杯の対極は、汚物入れみたいなヘドロカップとでも名付けよう。

聖杯が光の象徴だとしたら、闇の象徴としてヘドロカップがある。ヘドロが次々と湧いてきちゃうし、臭いので蓋をする。しかし、金じゃないと蓋できないのだ。蓋ができないと汚物を垂れ流し続けてしまう。貧乏人だと問題が露骨にならざるを得ないということだ。金持ちは問題をお金で解決できる。それは金で覆われて一見綺麗な聖杯に見える。が、実はヘドロカップでしかないのだ。見た目で騙される罠だ。

聖杯はパワーの象徴でもある。パワーをどう使うかで、聖杯にもヘドロカップにもなるのだ。更にわかりやすく例えるなら、お金もパワーだ。そのパワーをどう使うかによって、光にも闇にもなる。
錬金術とは本来、世界の神秘、人間の神秘を追求するところから始まった。人を錬金するという視点でみてみよう。
AがBに1千万投資したとする。普通の視点であれば、1千万が5千万とかに増えたら成功。無くなったら失敗と見るだけだろう。しかし、金額が増えたとしても、それによってBもAも慢心したとしたら、汚物を生み出しているのと同じだ。同じ慢心の汚物だとしても、この場合Aのほうが罪が重い。Bを慢心させてしまったキッカケを作ったと見るのだ。成功したとしても罠はある。
であるならば、失敗したとしたらどうだろうか?Aはそんなものだと諦めたとする。Bは自信を失くす、もしくはAに対してやましい気持ちを抱くとする。この場合も、AがいくらBに対して「気にしなくていいよ」と言ったとしても、Bの中では気にしない訳にはいかない。また、本当に気にしないのであれば、それはそれで罪だ。この場合も、Aのほうが罪深い。きちんとBの本質を見極めずに投資したことも、失敗してそこで諦めても良くない。
表面的な成功や失敗では見えない、無意識の功罪があるのだ。だからこそ、AはBに対して光を見せることも、闇を見せることも出来る、素晴らしいチャンスなのだ。チャンスはピンチということもこれでわかるだろうか。
成功したとしても、AはBに原点や感謝を忘れないように意識させ続ける努力が必要なのだ。そうすることで、Bは光を感じ続ける成功者となれる。
失敗しても、Bに向き合い続けて、チャンスを作り続けてあげることが大事なのだ。もういいやと諦めては絶対にいけない。失敗した人間ほど、Aから離れたがる。Aにしたって、会いたくなくなってくる。どちらも相手をヘドロに感じるだろう。
ヘドロだと思ったら、中から金がでてきた!とするのが錬金術だ。どんな人間も、金を含んでいるのだから。失敗しても向かい続けることで、ピンチをチャンスに変えられる。かえって失敗してよかったということになる。
金を出す側のほうが実は大変なのだ。人を活かすも殺すも出来るからである。そして、いっけん金持ち喧嘩せずのように、「損切りしてしまえば済む」と考えたとしたら、一番罪づくりなのだ。
視点を変えて、投資を受けたBがAに対してはどうだろうか?BがAに対して、投資をキッカケに光に導くか、闇に導くか、同じように出来るのだ。この場合、先ほどのケースよりも難易度は高い。投資するほうが大体立場が強いからだ。
上から目線の人に向かっていくことは難しいのがわかるだろう。教師と生徒を考えてみたらわかりやすい。教師も生徒を、聖杯にもヘドロカップにも導くことができる。だから聖職というのだ。
生徒が教師を導くのは一見難しい。しかし、意識が高い生徒であれば教師を導くこともできるのだ。本来、教師と生徒という立場は、人格の差で決まっているわけではない。その原点を意識して、相手に対して向かうことで、変化が起きる。
まず、相手に真意を伝えるためには、教師の意識の壁を破壊しなければならない。
「おれは教師だ。上なんだ」という意識と
「おれが投資家だ。金出してあげたんだ」という意識は、無意識にあるものだ。口では綺麗事をいうものだ。
「生徒に教えてもらっています」という感じに。
いざ、意見すると、途端に受け付けない。だから難易度が高いのだ。
人に影響を与えるというのはとても難しい。人の錬金は料理に似ている。煮立つ前に味付けるのか?煮立った後なのか?塩の量はいかほどか?隠し味は何が必要か?素材によって、美味しい調理方法が違うように、人によって錬金の方法も違う。
一人ひとりをきちんと見て、料理しないと美味しくならない。
我々は、難しいことから挑戦してきたと書いたが、生徒が教師に向かうようなことをイメージしてもらえたらわかりやすい。だから、教師になったとしたらとても楽に出来るのだ。
錬金術に興味ある人は、アルケミストから読み始めるのをオススメする。