「沖縄」カテゴリーアーカイブ

フィリピンと沖縄の未来

◾️過去を知り、未来を夢見て、今を生きる

フィリピンと沖縄は似ている部分があって、比較すれば未来を考える上で、とても参考になると思いました。沖縄からフィリピンへの距離と、沖縄から東京への距離は同じくらいです。近いから一緒に発展する仕掛けが出来ないものかと夢見ています。あと、実は台湾も含めて、かつて琉球と呼ばれた地域つながりで考えるのも面白いと思っています。

でも、日本人はフィリピンのこと、歴史などを知っている人は少ないでしょう。大抵の人にとっては、フィリピンといえば、フィリピンパブなイメージではないでしょうか。調べて見たら、今後の沖縄の行方の参考になるかもしれないと思ったのでまとめて見ました。沖縄、日本はこれからどうしたらいいの?というのを考えるキッカケの一つになればいいなと思います。

◾️似ている部分

  • 島国である
  • 日本軍の戦争に巻き込まれた
  • 宗主国に長期支配されてた
  • 米国に統治されていた
  • アジア最大の米軍基地(かつてあった)
  • 出生率が高い
  • 芸能民族
  • 南国気質
  • フィリピン、台湾は小琉球と呼ばれたこともある

もちろん異論もあるでしょうが、他にも思いついたら追記していきます。酒とか台風とか、コンクリ造りの家とか、そういうのは省きました。

◾️余談ですが、最古の人骨が出土している地域としても似ています。
まずアジアで最古のホモサピエンス の化石が発掘されているのは、はい、フィリピンです。6万7千年前のカヤオ人という化石人骨が発見されています。日本国内の最古の人骨は、沖縄で発見された、山下洞人で3万2千年前と言われています。最古つながりですね。

日本においては、大体3万8千年前以降から遺跡が増えだしているので、それくらいから移住してきたと言われています。日本の歴史よりも前にフィリピンでは人が住んでいたわけです。先人たちはよく冒険しましたね。土地はたくさんあっただろうに。命をかけていた昔と違って、いまは冒険しやすいのですから、挑戦していく楽しみを伝えたいです。

ちなみに国立科学博物館の人類進化学者・海部陽介氏によると、ホモ・サピエンスの日本への渡来について、
「北海道ルート」(2万5千年前)
「対馬ルート」(3万8千年前)
「沖縄ルート」(3万5千年前)の3ルートが考えられるそうです。そのなかで最も長い距離で、黒潮が邪魔して難しいのが「沖縄ルート」と。来年、実証実験が行われるのが楽しみです。

参考:三万年前の航海再現プロジェクト

話が少しそれましたが、フィリピンの歴史を軽くまとめてみます。スペイン統治前の時代はあまり資料が残っていないのと、群雄割拠状態に近いので割愛します。

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沖縄戦前田高地の映画「ハクソー・リッジ」公式サイト|6.24 Sat. ROADSHOW

情報源: 映画「ハクソー・リッジ」公式サイト|6.24 Sat. ROADSHOW

遅ればせながら、メルギブソン監督のハクソーリッジを見てきました。メルギブソンは、ブレイブハートやパッションで感動したことがあったので、どんな風に沖縄戦を描いているのか?と気になっていました。

凄惨な戦闘シーンは流石ですが、70年も前に、軍隊という規律を重んじる場で、個人の信念を通そうとし、またそれが実現できたことがアメリカの底力ですね。現代でさえも日本では難しいことではないでしょうか。

映画では日本軍が強そうに見えますが、現実を見ると、よくぞこんな状況でここまで奮闘したと現場の人たちの勇気に敬服します。こんな戦場に送り込まれたら自暴自棄になります。

http://www.okinawa-senshi.com/maeda-new.htm

アメリカ軍が各州から来ていたように、日本軍も各県から来ていて、双方命を落としています。地元じゃないからこそ、容赦ないところもあったと思います。お互い命をかけて戦った人たちの中には、自分のためではなく、家族や国と言った同胞のために戦った人たちが多いことでしょう。

時代が違えば、私も前田高地で戦っていたかもしれない。私はデズモンドのように信念を持って銃を拒否することはできない。有事の時より、平時の時の信念の方が貫き通しやすいのでしょう。殺されるわけでも、投獄されるわけでもない。

多様性のある社会を実現するためにも、失敗した人や、他人と変わっていても、安心して居られる場所というのを作って行きたいな。

私は何をしているのか?

久しぶりに以前紹介した、次世代金融講座に参加してきました。今回の講座のテーマは、「行動理論」。新たに動き始めた私にとって、とてもタイムリーな講座となりました。進化し続ける講座ですので、同じ形でいつまでやるかわかりませんね。今のうちに受講されることをお勧めします。

私がそもそも沖縄に関わることになったのは、一人の人間に心を動かされたからでした。当時、会社を経営して大きくすることにもあまり興味を持てず、かといって本当に自分がやりたいこともわからず、日々誤魔化して生きていることが、嫌で嫌でたまらなかったです。若さゆえですね。

思い切って新しい世界へと飛び込んだことで、大変化を経験しました。IT業界でうまくやることにあまり魅力を感じていなかったのです。確かにITは社会を一変しました。しかし、本質的な意味では社会は変わっていません。依然として、鬱や争いや諸問題で満ちた社会です。自分もその一員ですが、対立や争い、嘘欺瞞、自己本位なレベルから変わっていません。

本当にこのような社会でいいのだろうか?何かがおかしいという単純な想いからスタートしました。どんなに会社を大きくしたところで、また生活が豊かになっても、本質的に解決するイメージが湧かなかったです。半ばやけっぱちな気分で、どうせわからないのだから、「沖縄をなんとかしたいという」、この目の前の人間を助けることをしてみようと思ったのでした。

あくまでお手伝いのつもりが、実は自分がやりたいことだったと気が付かされ、なかなか経験できないことをたくさんさせてもらいました。いい人間であった時もあるし、悪い人間だった時もあります。今でも日によって違います。自分がなかった時期もありました。どれが本当の私か、自分でもわからないくらいでした。

そのような経験を経て、今、沖縄のやんばるにて、次世代の理想とする社会の雛型作りを始めています。一つの生態系です。理想の村といってもいいです。それがどんな形になるかは、これから関わっていく人たちによって変わっていくのだと思います。理想といっても、明確な形をイメージしているわけではありません。わかりませんけど、とにかく始めてみたわけです。

昔ビットバレーで集まった人の中から、出会いが生まれ、いろんな企業が生まれました。今回の場からは、どのようなものが生み出されるか楽しみです。視点が変われば、一周回って最先端なのではないかと思っています。

人々を結びつけるものは、利害でも損得でもなく、愛であることが大事だと感じています。私自身、まだまだ愛の修行を続けている過程です。その過程が楽しいですし、いつまでも完成することはありません。

愛がある人のところには、自然と人は引き寄せられます。まずは私が、愛を実践できるかが試されるのです。目の前の人間を大事にできるか。瞬間瞬間、無理なく自分らしくいながら、自分が貢献できることをする。

草刈りも、ただの草刈りしていると思うと苦痛です。しかし、無心に作業に没頭する修行と見ると、心の草を刈るような気持ちがしてきます。はたまた、理想の村の礎を築いていると思うと誇らしくなってきます。

そして、単純に汗をかいて、何かを生み出すということの気持ち良さも感じられます。人って変わるものです。かつては肉体労働が嫌で仕方なかったのが、楽しく感じるのが不思議です。気持ちが乗らないときは、嫌に感じる時ももちろんあります。

どうしたいのですか?とか、何を作っているのですか?とよく聞かれます。

具体的にはわからないけど、なんか面白いものを作りたいなぁと思いながら、日々の変化を楽しんでます。タイミングが来たら、自然と一気に想いは形になっていくものだと信じています。

何か直感で感じた人は是非遊びにいらしてください。広大な土地があるのでスケールだけは負けませんね。海だけじゃない、沖縄の森の魅力を体験できます。ジブリの世界のようですよ。

復帰ではなく、出発の日だ

 今日は沖縄の本土復帰の日だ。41年経った。沖縄を取り巻く環境が加速度的に変わりつつある。つい最近の橋下氏の発言は、普通の感覚で言えば軽率だと思える。普通でない感覚で見れば、軽率だから神輿には最適だとなる。軽率な発言を繰り返してきている石原氏を見ればいい。世間体など気にせず吹っ切っていることはかなり大事な資質である。

アジアとの関係を対立へと誘導する動きの一環としてみたらいい。対立しなければ戦争出来ない。戦争ほど資源と資金の浪費はない。裏を返せばそれだけ儲かるということだ。もちろん皆がみんな儲かると思ってやっているわけではない。それぞれの意図があって、そのほうが都合のいい人で上層部は満ちているだけだ。
ちなみに、ヒトラー政権は国外出身の者が多かった。ヒトラー自身、オーストリア出身だ。そしてヒトラーはユダヤ人説もある。この文脈でこのことに触れる、その意味がわかるだろうか?
さて株価も上がり、新興企業が老舗企業の株価を抜いたと騒いでいる。最後のバブルだ。表面で踊らされる大衆をぬか喜びさせて、ドカンと落とすのだ。株価がいくらになったとは大いに報道される一方で、日本国債は下落している。その意味など考えない人が大半だ。本当に潰したい相手にはお金を与えろという格言がある。その法則通りになっているのは過去の歴史を見ればわかることだ。
もう量を追い求める時代ではない。質を高めるのが本来得意な国柄であったことを思い出すだけでいい。いまや日本で上場する意味などほとんどない。ロスチャイルドはなぜ上場しないのか?そもそも経済成長の意味とは何か?今まで上場が良いと思えたのは、外部費用を簿外資産で使えたからではないか?原子力発電の総コストを含めたら、電力として割に合わないのは当然だ。が、成り立っているように見せるのは簡単だ。会計など数字でいくらでも誤魔化せるのだ。
最近、沖縄に来て当初考えていたことを改めて考えさせられる機会があった。資本主義の限界。環境の限界。そもそも人生の豊かさとは?沖縄に来て、東京を離れて考えることで見えてきた、感じてきたことがたくさんある。人生で本当に大事なことをいくつも沖縄を通して教えられた。
上場するとは無限の成長を約束することだ。そんなことはあり得ない。子供だってわかることだ。だれだってわかることだが、問題を誰もが先送りしている。そのくせ、他人の問題は指摘する。まずは自分からだ。新しい時代のあり方を求めている人たちが自然と沖縄に集まってきている。
数年経ったら残らないような仕事やニュースに惑わされているのは勿体ない。いまやっている仕事は食い扶持以外の価値があるのだろうか?どんなキレイ事をいっても、利益をあげることを優先する会社ばかりだ。別に食べるために働くことが悪いといっているのではない。いわゆるシノギをしながら本当の仕事を作ることはできる。本人の意思次第だ。
自分も小さな成功を通して、稼ぐことよりもそのお金をどう有効に使うかのほうが難しいことに気が付かされた。沖縄に移住したエリート金融マンは、
「これからはお金の使い方がテーマになる。稼ぐ人はたくさんいても、使い方の上手な人はほとんどいない」という。昔は、教会建築などに寄付が集まり、社会のあぶく銭も吸収される場所があった。寄付した人も社会から尊敬の念を受けることで報われていた。いま尊敬される人はどんな人なのだろう?短期間に巨万の富を築いた人だろうか?そんな刹那社会なら長くはないのも当然だ。
今や、お金をさらに儲けるために利益は更に再投資されていく。その結果、実体経済からかけ離れたお金がリーマン・ショックなどを引き起こす。社会が不安定になり、ますます恐ろしくなりお金に依存して、そのお金がまた不安定を引き起こす。悪循環だ。
お金の作り方は学校では習わないとして、マネー本が今でも人気だ。エリートの象徴でもあった金融機関は何度も金融危機を起こして社会に迷惑をかけている。が、リーマン・ショックは彼らだけの問題ではない。一人ひとりの意識がそうさせているのだ。儲けたい、楽したいという意識がなければ、そこにお金は流れない。日々のお金の使い方が問われている。
お金の稼ぎ方より、信用の作り方を学んだほうが価値がある。お金は信用によって生まれる。結局、お金を使うのも人間だ。お金中心ではなく、人間中心に社会を構築した時、今とは違った社会が見えるだろう。
最初沖縄に来た時、
「沖縄は日本ではない。日本語が通じる外国だ。日本は法治国家だが、沖縄は人治国家だ」と言われた。人に紐付いているから良い部分と悪い部分は確かにある。お金も同じだ。良い部分と悪い部分を見極める知恵が必要なのだ。
人間関係の中に信用は生まれる。学歴もお金も、地位も名誉も、信用を作る要素ではある。でも、究極な状況においては何の役にも立たない。日頃の行いが試される。いざというときに信用できる人はいるだろうか?お金で保険を買うよりも、信用できる人間関係を作るためにお金を使ったほうがよほど賢い。
逮捕された後、東京の人間関係では黙殺か遠慮が多かった。積極的に励ましてくれた人たちは沖縄の人が多かった。報道に惑わされることなく、判断するのは難しいのだろうか?利害関係があるなしで変わってしまうのだろうか?自分のお金を優先する人は、お互い様で利用しあう人間関係しか築けない。良い時はいいけど、悪い時は一気に裏切る。
いざというときに軍隊があるように。無駄と思えるかも知れないが、儲からないこと、自分のためでないことを毎日訓練のように心がけておけば、いざという時に必ず役立つのだ。
自分が沖縄に来てやってきたことは、短期的な利益を産まないことばかりだ。かえってそのせいで嫌われたり、避けられたりしてきた。しかし、それを地道に続けてきたお陰で信念を認めてくれる人も増えて、かつてよりやれることが広がってきた。長い目で見たら、そのほうが価値が生まれるし、安全なのだ。

裏方の時代

 9日に沖縄では県民大会があった。約10万人が参加したという。本島の人口が約120万人なので、人口比では高い参加率だ。東京でいえば100万人規模のデモがあるのと同じだ。311の震災でさえ風化しつつある本土では、ヘリコプターの配備問題でなぜそんなに人が集まるのかわからないに違いない。もっとも沖縄でも、新聞は県民大会を大きく取り上げているが、それと同じくらいエイサー大会にも興味があるように感じる。良い悪いではない。それが普通の事だ。

奇しくも、今日9月11日に尖閣諸島が国有化されそうだ。この日に合わせてきたのか?偶然なのか?なぜ尖閣諸島は買われて、北方領土は買われないのか?日々の生活に忙しい人がそこまで意識を向けられる訳がない。逆に日常の仕事ができない人たちが政治活動しているとも言える。どちらが偉いという訳ではない。

日本国の為に公に活動しているのが政治家だとすれば、私人として日本の為に活動している人たちもいる。表と裏のようなものだ。研究会などの組織を作ったりして、私的に公的活動を支援している個人・団体がある。表に出てこないが、彼らの存在なしには歴史は語れない。

功績を挙げた人たちに共通している事は、何らかの秘密があることだ。表向きの答えがすべてなわけではない。当たり前の話しだ。企業で例えるなら、ダイエーがなぜ飛躍できたのか?その秘密の一端が沖縄にある事はご存知だろうか?興味がある人は調べてみたらいい。

陰から支える人たちの力添えがあり、世の中は動いている。領土問題で言えば、沖縄復帰や北方領土問題に取り組んだ末次一郎氏を知っているだろうか?彼は青年海外協力隊の創設にも尽力した。歴代首相の指南役で陰の黒幕とも言われた。黒幕というと悪いイメージになりやすい。陰から支える人たちの悲しい宿命で、そういう役目の人は良からぬ事をたくらんでいるように思われやすい。裏方はどんな想いで自分の使命を全うしているのか?想像すると胸が熱くなる。最初に井戸を掘った人たちの想いを忘れてはならない。

話しを戻そう。沖縄復帰、北方領土問題に末次は南方同胞援護会として関わっていた。彼と一緒に運動をしていたのが、沖縄出身者である吉田嗣延氏や稲嶺一郎氏だ。いま南方同胞援護会は沖縄協会となっている。沖縄と本土の架け橋をされていた大先輩だ。

戦後すぐに、あちこちに散らばっていた日本人の帰還問題があった。沖縄はアメリカの政策により、当初は戦地からも本土からも引き上げをすることが禁じられていたのだ。そのせいで沖縄出身の県民たちは難民のような有様だった。そこでその状況を何とかしようと、南方同胞援護会や沖縄人連盟などができたのだ。

またアメリカ映画でおなじみだが、帰還兵の問題というものがあった。戦争という極限環境にいた人間は精神を病んでしまう事が多い。帰ってきて事件を起こす事はざらにあった。ただでさえ兵士は問題を起こしやすい。

そこで、一度沖縄にまとめて引き上げさせようという動きとも重なり、逆に今度は沖縄が過剰人口になってしまった。そこで稲嶺一郎氏らが戦前も盛んであった移民事業を推進し、世界各地に移民していった。今日和僑はないが、琉僑はあると言われ、5年一度沖縄に集まる
「世界のウチナーンチュ大会」の原点である。

その稲嶺一郎の家に学生の頃から入り浸っていたのが小渕首相だ。だからこそ、彼は沖縄サミットに尽力した。人と人の繋がりによって歴史は出来ている。

これからアジアの時代と呼ばれてはいるが、主に経済的な視点でしか語られない。歴史的に見れば、戦前から日本人はアジアに積極的に関わってきた。その先兵ともなっていたのが沖縄県民でもある。その歴史を知らずして、経済だけ語る貧しい感性では到底アジア人との絆は掴めない。

アジア人の精神性は、欧米の精神性とは異なる。それを思い出させてくれるのが沖縄の存在だ。アジアに入り込みたければ、まずは言葉の通じるアジアである沖縄に入る練習をしたらいい。沖縄は今も色濃くアジア的精神性を残している。その感覚がわからなければ、利益というメリットでしか繋がれないだろう。それでは尊敬は生まれない。

アジア解放を目指した先人の大義と想いを胸に、課題先進国である日本だからこそ出来る貢献を模索するのが、日本人の誇りではないだろうか。金儲けだけをやるのであれば、ユダヤ的発想が出来る欧米の方が得意なのだから。自分たちを反面教師にしてくれと、日本の悪いところをさらけ出し、出来る事で貢献していけば自然と相手は助けてくれるものだ。

自分たちが経済大国を作った訳ではない。再度同じ経済大国を目指しても進化がない。自分たちが作らなければいけないのは、次世代の生き方モデルなのだ。自然からの信号を受け取り、違いを受け入れる。想いがあれば最後は通じる。すぐに結果を求めがちな現代の風潮だけではなし得ないことだ。だからこそ、面白いではないか。時代の変革期だ。まだ形にもなっていない構想に積極的に関わっていく事、それが歴史に参加するという事だと信じている。

沖縄はずっと裏方で日本を支えてきた。いよいよそれが表舞台に立つ時期がやってきたのだ。支えてきてくれた事に感謝して、お互いに良いところを持ち寄れば良い。感性と理性。互いにないものがある。

自分が原点になる覚悟

 沖縄は旧暦でお盆を迎える。1日までお盆だったのだが、島のあちこちでご先祖様のことを意識する時間になる。エイサーなども若者たちが格好良く踊っている。生活に密着して祖先崇拝が守られているが、そんな沖縄でも年々おざなりになってきているという。

先祖崇拝はなぜ大事なのだろうか?ご先祖様がいなければ自分がいない、原点であるから大事なのは間違いない。それでは原点だから大事ということだけだろうか?

我々は「お天道様が見ている」ことを意識して来た民族だ。恥じない生き方とは何だろうか?先祖が一体どんな人間たちだったか?私はあまり知る事がなかった。祖父は二人とも自分が生まれる前に亡くなっていたし、聞いても詳しい事はわからなかった。祖父の代でそのような有様だ。役所に行き、さかのぼれるだけ調べてみたが、名前と家族構成がわかるだけで詳しい事はわからなかった。

わからないからこそ想える事もある。逆に先祖がどんな人か分かりすぎて、ご先祖さまの呪縛に囚われてしまう場合もある。いずれにしても、DNAを受け継いで来た想いがそこにはある。DNAの果たしている役割がすべて解明しているわけではない。それは間違いなく受け継がれて来たもので、生きてきた証でもある。

受け継いできたものをどれほど活かせるか?先人が経験してきたことが、きっと何らかの形で今の自分に影響しているに違いない。活かすも殺すも自分次第。そうした見えない資産を膨らますのか、失うのか、今の自分にかかっている。

見えない因縁の影響で人生は成り立っている。もしそれが見えていたら、すべて納得するしかない縁で満ちているに違いない。生まれた場所、出会った人、仕事などなど。

人は潜在意識の影響下にある。顕在意識がすべてだと考えがちだが、氷山の下にある氷のほうが表面に出ている氷より大きいように、潜在意識は深くて大きい。ご先祖様もそれと同じだ。見えていなくても影響している。

国だって会社だって、結局は見えている部分では動かない。見えていない要素で実際は動いている。表向きは誰々首相だとしても、見えない部分でその首相に影響を与えている人たちがいるのだから。

どんな想いで先祖たちは命をつないできたのか?
また、これから自分たちもどんな想いで、子孫につないでいくのか?
生きている人間には大きな責任がある。想いを継いだり、発展させたり、解消したり、テーマはそれぞれある。

原点への感謝を忘れてはならない。が、ただ感謝するだけでは駄目な場合もある。

逆に「こんなに頑張っているのだから先祖たちよ応援しろ!」と先祖にスゴンでも良いのだ。霊の世界は露骨だ。勿論その言葉が本当かどうかすぐバレる。だからこそ先祖とも真剣勝負だ。受け継いできたDNAの歴史の中で、
「俺が金字塔建てるから応援しろ」と見えない力までも巻き込むパワーがあれば面白い。

時代に影響を与える人間は、先祖子孫にすら影響を与える。半端な仲良しゴッコでは到底なし得ない境地だ。自分から家の歴史が始まる覚悟を持つ者だけが道を開くのだ。

時代とタイミング

とあるご縁から招待されて、シンガポールに行ってきた。シンガポールは島国で、マレーから見捨てられ、切り離されたような状態から奇跡の発展を遂げた国として注目していた。金融と観光立国で、沖縄の今後を考えるには学ぶところが多い場所だ。

かつては日本に学べと追いかけてきた国が、今ではもう自信にあふれ活気に満ちている。時代は変わった。アジアに来るといつも感じることだが、人々の目が輝いている。希望でいっぱいだ。今回お会いしたプライベートバンクの方が面白い表現をしていた。

「日本に帰るとまるでお葬式のような雰囲気。こちらは祭りのような楽しい雰囲気だ」と。日本にいるとアジアの一員という視点が見えにくい。この国だけで完結してしまうからだ。知らず知らずに内向きの考えになっていく。ちょうど面白い例を聞いた。日本の当局は日本に支店のある銀行にしか連絡をしないという。日本の支店に連絡して、日本支店から海外支店へと連絡させるのだ。わざわざ国際電話をかけてまで、自ら海外銀行に問い合わせたりしないという。日本の体質が現れる例だ。だから資産を守るには日本に支店がない方がいいそうだ(笑)

問題はそこだけ見ていては解決しない。外に目をやるだけで解決への糸口が見えてくる。

これから発展する国々と接点を持つのは大事だが、根なし草でつながっても何も生み出せない。きちんと根を生やす場所がなければ、ただのブローカーになってしまう。ただ儲けるという角度からしか繋がれないとしたら、資金力が上の海外勢に叶わない。影響力とは何だろうか?どこを磨けばよいだろうか?

日経ビジネスでも沖縄特集をする時代になった。自分が関わり始めた時、沖縄は詐欺が多いとか発展しないとか散々やめろと言われたものだ。それがいま、日本国内での成長率は沖縄が一番になり、今後も発展が見込まれる土地として注目されるようになった。人口も増えてる、基地の跡地利用もある、原発がなく自然エネルギー利用が進んでいる、といった好条件がそろっている。間違いなくこれから沖縄に参入する企業は益々増えるだろう。しかし、自分たちのように誰も注目しない時から関わっていたからこそ価値があるのだ。信用は後からでは作れない。

誰もが発展してると認めた時に来ても当たり前だ。それでは深く根差すには遅すぎる。これから発展する沖縄に深く根付いて、沖縄からアジアとの関わりを作っている。時代がやっと追い付いてきた。だから次の種をアジアにまいている。ベトナムがその筆頭だが、シンガポールでも種まきをしてきた。

我々は、ビジネスで繋がるのではなく、人として繋がることから始める。だから時間がかかるし、その方が断然難しい。目の前の仕事がないとわかりにくいからだ。会社を作るのはわかりやすい。人のつながりはそうしたわかりやすい基準がない。心を開くか開かないか。客観的な要素は何もない。

しかし最初が大変だからこそ、後が楽なのだ。最初楽をすると、後が大変だ。困難な時にすべてパーとなってしまう。今回お会いした人たちは、初めての人もいれば、10年来の人もいる。
「いよいよやっと一緒に仕事できるね」と。寝かせてきたから熟成した人間関係だ。

アジアからの投資、アジアへの投資。両輪が必要になってくる。日本の中で唯一の発展が見込める土地である沖縄をバックに、アジアの注目を集めている。海外から見ると日本は閉ざされて見えている。日本とアジアをつなぐ人がまだまだ少ない。チャンスは山ほどある。

今はどんなタイミングか?時代に合っているか、早すぎるか、遅すぎるか?タイミングによって関わり方も変わってくる。それを無意識に感じるのが時代魂なのだ。狙って出来るものではない。後で勝手に証拠がそろってくるのだ。

時代魂でなくても、見る目があればタイミングは見える。ただ、タイミングがいい時というのはタイミングが悪く見えるものだ。世間とのギャップに対し、自分を信じて飛びこめるか?勇気がなければ道は開けない。

見る目がある人間と付き合える人は幸せだ。見る目がない人間と付き合っても深い関係は作れない。勿論、自分に向き合っていなければ相手がどうであっても意味がない。見る目がある人は決断が早い。本当の価値とは何かを知っているからだ。荒波の中に答えはある。

沖縄の価値

投資が面白いのは、新たな価値を創造することだ。投資に関して、私がやっていることの一つとして、投資家のために、新たな投資先を用意することをしている。投資しやすい環境を整備しているといったらわかりやすいだろうか。投資家のためのプレ投資だ。

一番美味しい投資はなんだろうか?土地でいえば、魅力がないと思われている土地を安く手に入れ、その土地の価値をあげて価値を膨らませることだ。誰かがやってくれるのを待つのでは宝くじを買うようなものだ。

価値とは何か?を理解していれば、価値の上げ方も下げ方もわかる。価値を上げさせては売り、下げさせては買う。だから必ず儲かる経済の仕組みはマッチポンプ、出来レースなのだ。いつも損をするのは無知な者というわけだ。
経済活動と戦争はとてもよく似ている。経済も戦争も、その両方が得意なアメリカが世界帝国なのは理にかなっている。そんなアメリカが日本の中で一番土地を持っている沖縄。日本全体の中では小さいが、その小さい資本で大きな資本を動かしている。経済ではそれをレバレッジ、てこの原理という。最小の力で最大の効果を生み出すのが投資の基本だ。
資本主義教の教祖であるアメリカが押さえている沖縄に、興味を持たないほうが馬鹿ではないか?ビジネス教の信者失格である。わかる人間は、311以降特に沖縄に投資を加速している。時代の流れを敏感に感じる人間は、沖縄をテーマにしつつある。エウレカセブンという人気アニメの最新作は沖縄に住んでいる少年が主人公だ。沖縄という言葉が日常に触れる機会は確実に増している。どうして沖縄というキーワードを使うのか考えてみてほしい。どんなイメージがあるのか、そうしたイメージが投資においては重要だ。イメージこそが、価値を左右する。株式市場は美人投票とは本質をついている。
沖縄に支社を作る人、移住する人、理由は人それぞれだ。花粉がないからとか、放射能が怖いからとか、地震がないからとか・・・。でも実は投資先としても魅力があることはまだまだ知られていない。気付いてる人間はとっくに投資をしている。美味しい話は表には出てこない。出てきた時には、売り時だからだ。しかし、長期的に見れば沖縄という島の価値が上がることは間違いない。
土地でも会社でも人でも、投資の基本は同じだ。まだ気づかれていないだけで、実は価値が眠っているのが一番投資効果が高い。先程あげた中で、一番投資効果が高いのは人だ。一人の人間が自分の価値に気が付くだけで、どれほどの価値を創造できるようになるだろうか?経済も所詮人が動かしているのだから、本物の価値ある人間が一人でもいれば、その人間を中心として経済圏がうまれる。アーティストの例を考えたら分かりやすいだろう。レディーガガひとりでどれほどの経済圏が生れたことか。
ダイヤの原石を見分けられる知恵ある人は少ない。大抵の人にとってはただの石ころだ。見分けられないのだとしたら、自分の役目はなんだろうか?世の中は不平等だ。ダイヤの人もいれば、本当にただの石炭の人もいる。良い悪いではない。ただ、石炭は石炭として燃える覚悟さえあれば、本来の自分以上の力を発揮できる。
一人で燃える分にはただの火だが、タイミングと場所さえ用意されたら、とんでもないキッカケを作ることもできる。例えば、爆薬と繋がった導火線に火をつけるのだとしたら、ビルひとつ解体する力のキッカケを作ることもできる。
話を戻そう。沖縄という価値も活かすことができれば、世界に大きなインパクトを与える可能性がある。政治的にも、経済的にも、文化的にも、地政学的にも、沖縄には大きな可能性が眠っている。橋本市長も、沖縄で同じことをしていたら、もっとアメリカも中国も巻き込んで、国政にでる必要を感じなかっただろう。
海外留学などするくらいなら、沖縄に住んで、軍のエリートと交流したらいい。世界情勢の勉強は、彼らに聞くのが一番だ。当事者なのだから、一番の情報を知ることができる。沖縄にいても、積極的に交流する人は少ない。ITだって、元々軍隊の技術からきているのだから、シリコンバレーに行くよりもよほど勉強になるだろう。
人の行かぬ裏道だからこそ、世の中の意外な本質が見えたりするのだ。いつも異端者が新世界を開くのだ。日本の中で、他に異端の地があるだろうか?その価値がわからない人は、豚に真珠、猫に小判としかいいようがない。
沖縄のほかに、どこに希望の光があるのか、逆に聞きたいくらいだ。ビジネスの世界に夢があるか?量子コンピューターを作って世界を変えるぞ!くらいの意気込みだったら、それはすごいと納得する。
でもそんなことに、資金も人もつかないことは誰もがわかるだろう。本当の価値ある夢は誰も追わずに、どうしようもない食い扶持を稼ぐためだけに一生懸命。一体そこに人生を賭ける意味があるのか?世界の問題に自分なりに向かう意識はないのか?
日本人だからこそできることを強く意識したら、もっと違う世界が見えるのではないか?我々は、そんな意識のある人間たちと邦創りをしているのだ。そうした人間たちが集まる場所が沖縄という地なのである。価値ある人間が集うのだから、価値が出ないほうがおかしいのだ。

因縁の島

人間に因縁作用があるように、国にも因縁関係がある。琉球は元々中国との因縁が深かった。首里城は紫禁城をお手本にし、王の名前である「尚」という性も中国からのものだ。関係深かった中国との関係も、日本によって因縁付けされ、更にアメリカによって因縁付けされた。

それだけ魅力的な島だとも言える。中国と暫く離れていたからこそ、また新たな関係が出来る。いま因縁が深い日本、アメリカとの関係を考える上で、中国との新しい関係が必要になってくる。因縁は敵にも味方にもなる。向かうことでしか、味方にはならない。
そうした流れもあり、中国北京へと行ってきた。そして、中華人民共和国と微妙な関係にある台湾の中華民国。台湾もかつては小琉球と呼ばれた国だ。沖縄が大琉球と呼ばれていた。この2つの島が今後どのような動きになるか注目だ。
因縁だからこそ、有り得ないことが起こる。因縁だから足を引っ張られていても気が付かない。お互いに良かれと思って、足を引っ張り合い、落ちて行くこともある。逆に、それを助ける縁もある。わかりやすく言えば、良い因縁・悪い因縁。時間軸を長く取れば、本当は良い悪いはないけど、ここではあえてそう表現しよう。
良い因縁ほど一見縁が薄そうでわかりにくい。それは愛で包まれているから厳しく見える。
悪い因縁ほど恋愛のようにわかりやすい。それは自己愛しかないから、情が入りやすい。
恋を愛に昇華できるか?自分の気持より相手を想えるか?国だって同じだ。自国の利益しか主張しないのであれば、だれが支持したいと思うものか。相手のために、あえて自分はいま目の前のことに集中する。自分を知ることが、因縁を超える近道だ。
自分を知れば、信念という力強い意志が育つ。それはエゴの強さと紙一重だからこそ、それを検証する仲間が欠かせない。常に信念が自己欺瞞へと変わる恐れはある。そうした恐れと原点への感謝を忘れないことでしか、真の強さは維持できない。
今こそ中国に感謝しよう。今の表面の中国にではなく、歴史や文化を創り上げてきた中国の魂に。その魂に火をつけることができるのは、熱い魂しかない。ここに熱い琉球魂によって、火がついた大和魂がいる。
魂が燃えれば、因縁は応援するか去るか、どちらかに別れていく。どちらにしても学びがある。それを背負って更に向かう。背負えば背負うほど、人は強くなるのだから。

世界の中心から愛を

今日の沖縄はポカポカと暖かった。一方、本土においては大寒波の影響により、特に日本海側は大雪で大変なことになっている。震災の影響で、ただえさえ苦しい予算のなか、除雪費用に苦しむ自治体が増えている。一方、アメリカのワシントンでは記録的な暖冬で、なんともう既に友好100周年の桜が咲いてしまったのだ。一体この差は何を象徴しているのか?

そして、花粉の時期が近付くにつれて、花粉=放射能と騒がれ始め、次々とやってくる情報で不安が増すことはあっても、不安がなくなることはない。ただでさえ不安なのに、追い打ちをかけるかのように、近いうちに大地震がくるかもしれないという予測を東大の地震研究所が発表してしまった。
きっと「危ないから準備しておけば助けになる」という親心から発表したのだろう。これこそ、情(じょう)で真面目脳である。真面目に何でも言えばいいのだろうか?また言わないとしたらどうするべきだろうか?責任と覚悟がないままに情報が垂れ流されて、その情報に一喜一憂するのが大衆だ。もしくは、何らかの意図のもとに情報が流されていたとしたらどうだろうか?
いずれにせよ、人々の不安がどんどんと積みあがる中、何もなかったかのように経済活動にはげめるだろうか?無理であろう。地震や放射能がやってくるかもという中で、誰が家を建てて車を買おうと思うのだろうか?新しく投資しようとするよりも、今あるものを守ろうとするのが人情だ。しかし、循環しなければ経済は回らない。こんな状況で経済が上がる要因が一体どこにあるのか?
これから益々不安が増す中、希望の地として沖縄が不安に比例して注目されてくる。地震も花粉も、雪もない沖縄。アジアのへそとしての沖縄。今は観光客が500万人を超えているが、これから人口を500万人にしようとしているのだ。
そして、次々と毎日のように報道される沖縄問題。何か一つ片付いたかと思うと、また新たな問題が出てきて、常に新聞紙面を騒がしている。日本人の意識に沖縄という言霊が刷り込まれている。
沖縄こそがノアの方舟になる。琉球の象徴である龍の年に、裏鬼門の方角にある沖縄。いろんな意味で面白くないだろうか?沈没しつつある日本がリセットされた後に、ではどんな社会を理想として作るのか?そのひな形に沖縄がなるのだ。まるで戦後日本のひな形が満州国にあったように。
日本の原点が残されている沖縄の地で、新たな光を感じてほしい。
新たな光とはどんなイメージだろうか?我々の世界は、嵐のように波風が立っている時もあれば、鏡のように澄み切って平穏な時もある。ただの平穏を求める仲良しごっこなどではない。真剣であるからこそ、時には嵐のようにぶつかりあう。
誰一人として同じ人はいない。世代やバックグラウンドもバラバラな人間たち。異質が共存する世界。皆が個性的であり、自分の才能や、役割を求めて徹底している。
それは、自分自身をより高めたいと同時に、世界をより良くしたいと言う強い気持ちから起きている。異質の中だからこそ、自分に気が付ける。自分の進化が世界の進化へとつながる。
だからこそ、誰一人欠けてはならず、大切な存在である。本来の社会のあるべき姿なのだ。 光を感じる世界でなければ、魂は燃えられない。今の日本で燃えられる対象があるだろうか?沖縄で自分が何に燃えるのかを、自分の中から気が付き、自分の持ち場を極めて欲しい。ただ極めるだけでは、それを分かち合えないからこそ、一緒に歩いて行ける仲間の価値がある。共に喜び、共に泣く。そうした体験を人は求めている。