ぼくの学び舎

命の学校の講演を聞いてきました。徳永進氏は、医師であり作家でもある方の講演で、笑いが沢山散りばめられた気取らない講演ですが、話の節々に知恵や豊富な知識が光っていました。会場はお人柄を反映するように、堅苦しくなく、穏やかな笑みで満ちていました。

講演のタイトルが「ぼくの学び舎」ということで、徳永氏が臨床の現場やあちこちで気が付いたことをエピソードを交えて伝えてくれました。

冒頭から、
「病気が道を開いて行く」と刺激的な言葉にハッとしました。どこで何を学ぶか、学び舎はどこにもあり、問題意識がある方は出会う人が全て師になっている姿を実践されているのですね。

例えば、前科9犯の人が病院にきた話など、面白おかしく話しながらも、深い学びの話がありました。私が印象的だったのは、同じ数字の9でも、人によってはすごい犯罪者と思い、また違う人は二桁犯にならないうちは大したことないと捉えたりと、人によって見方が変わることでした。

自分の見方では気がつかない可能性や見方が実は眠っていることに忘れがちです。ダメだと自分は思っても、そうではないのです。私たちが今作っているコミュニティでは、可能性に満ちた見方で物事を見る力をつけていきたいと思います。

そして、前科9犯の人の家に行った話から、彼のいる環境が彼を作った話になり、それを既に見抜いていた人がいるとして、
ヴァージニア・ヘンダソーンの看護の基本14項目を話されました。ここに最後一つの項目を徳永氏は付け足していました。

話は飛びますが、あることを伝えるとか、伝えないとかの世界ではない、伝わる世界があることを知った話も面白かったです。言葉ってもどかしいけど、ときには匂いのように伝わることがあり、そうしたことを論理や科学では説明が難しいんですよね。

講演の感想も、全部書けないし、書いてないけど、感じたこととか、それを文字だけで伝えようとするのはとても難しいと思います。ここに書いてあることも、徳永氏が本来伝えたかったことではないかもしれないのです。私なりの理解であって、それで良いと彼はいうと思います。

私が勇気付けられたのは、卵焼きの話です。患者さんの気持ちが薬ではなく、卵焼きで救われる人もいる。面白いのは、医者が患者さんを救うために考えられることは、医療制度して点数が出ることばかりだけど、看護婦さんの卵焼きの話は点数がつかないけど、立派に医療として役立っていることです。

人によって効く薬が違うことを、
「心のくすり箱」として本を出されていたので読んでまた紹介しますね。

パイオニアは点数がない、売り上げがなかったりすることを連想しました。画一的にするってことは経済行為としては当たり前なんですが、手間暇のかかる個別対応の中にしか、愛、思いやりとかが入る余地はないのではと思います。

画一的とはマニュアル化ですが、ロボット化、コンプアライアンスとか、現代社会が志向している社会では嘘が多いと語ってくれた時は、我が意を得たりの思いでした。

徳永氏は、太古から続いている言葉が良いとおっしゃってました。患者さんが家族に寄り添って寝てと言っても、
「病院だからダメ」と返してしまうと。そういう言葉は昔にはないから違うと例を語ってくれました。本当に大事なことしか、死の淵の人は言わないと。死を目前にすると人は嘘がなくなるんでしょう。

太古からある人間が本来持っている感覚というものを大事にしたいですし、そうした感覚を研ぎ澄まされる場所を私は作りたいと思います。自然の中だからこそ、こうした感覚を感じるのです。焚き火とかしているとそんな感覚を覚えます。

他にも自分メモとしては、

  • モハメドアリの励まし人間
  • 相補性
  • Sit here now
  • パラチャーチ
  • タゴール 作られた道、湧いてくる道
  • 光合わせ 田口ランディ
  • どちらでも

などなど、彼の話に共感できる人と一緒に働きたいと思いました。お世話になっている人が誕生日だったので、この講演の話を伝えたら、

「良く死ぬことは良く生きることですから、やがて来るその日まで心身共に健康で生を全うしたいものです」とお返事が。

良く生きて、良く死んで行く場所。その過程を共にできる場をInahoで作っていけたら素敵だなと思いましたね。

さて最後に、徳永氏の著書と、推薦図書をご紹介します。まだ未読ですが、買いましたので読了したらまた報告します。ご興味ある方は是非ご覧ください。そしてそれについて話が出来たらと思います。

先生の可愛いサイン

推薦図書はこちら

フィリピンと沖縄の未来

◾️過去を知り、未来を夢見て、今を生きる

フィリピンと沖縄は似ている部分があって、比較すれば未来を考える上で、とても参考になると思いました。沖縄からフィリピンへの距離と、沖縄から東京への距離は同じくらいです。近いから一緒に発展する仕掛けが出来ないものかと夢見ています。あと、実は台湾も含めて、かつて琉球と呼ばれた地域つながりで考えるのも面白いと思っています。

でも、日本人はフィリピンのこと、歴史などを知っている人は少ないでしょう。大抵の人にとっては、フィリピンといえば、フィリピンパブなイメージではないでしょうか。調べて見たら、今後の沖縄の行方の参考になるかもしれないと思ったのでまとめて見ました。沖縄、日本はこれからどうしたらいいの?というのを考えるキッカケの一つになればいいなと思います。

◾️似ている部分

  • 島国である
  • 日本軍の戦争に巻き込まれた
  • 宗主国に長期支配されてた
  • 米国に統治されていた
  • アジア最大の米軍基地(かつてあった)
  • 出生率が高い
  • 芸能民族
  • 南国気質
  • フィリピン、台湾は小琉球と呼ばれたこともある

もちろん異論もあるでしょうが、他にも思いついたら追記していきます。酒とか台風とか、コンクリ造りの家とか、そういうのは省きました。

◾️余談ですが、最古の人骨が出土している地域としても似ています。
まずアジアで最古のホモサピエンス の化石が発掘されているのは、はい、フィリピンです。6万7千年前のカヤオ人という化石人骨が発見されています。日本国内の最古の人骨は、沖縄で発見された、山下洞人で3万2千年前と言われています。最古つながりですね。

日本においては、大体3万8千年前以降から遺跡が増えだしているので、それくらいから移住してきたと言われています。日本の歴史よりも前にフィリピンでは人が住んでいたわけです。先人たちはよく冒険しましたね。土地はたくさんあっただろうに。命をかけていた昔と違って、いまは冒険しやすいのですから、挑戦していく楽しみを伝えたいです。

ちなみに国立科学博物館の人類進化学者・海部陽介氏によると、ホモ・サピエンスの日本への渡来について、
「北海道ルート」(2万5千年前)
「対馬ルート」(3万8千年前)
「沖縄ルート」(3万5千年前)の3ルートが考えられるそうです。そのなかで最も長い距離で、黒潮が邪魔して難しいのが「沖縄ルート」と。来年、実証実験が行われるのが楽しみです。

参考:三万年前の航海再現プロジェクト

話が少しそれましたが、フィリピンの歴史を軽くまとめてみます。スペイン統治前の時代はあまり資料が残っていないのと、群雄割拠状態に近いので割愛します。

続きを読む フィリピンと沖縄の未来

サバイバルと村つくり

小学校の頃、この本が好きでした。

実際にキャンプによく行く訳でもないのに、サバイバルという響きに憧れがありました。水がないときはこうすればいいとか、普段の生活でもマッチを持ち歩いてみたりと、今思うと笑ってしまいますが。

ロビンソンクルーソーとか、15少年漂流記なども好きでした。実際に遭難になったら、都会っ子なもので、虫イヤーとかなるんだろうけどと思いながら読んでました。

アニメでも南の島のフローネとか思い出深く残ってます。何かわからないけど気になっていたんですね。映画とかだとたくさんあるんですが、

特にこの辺が印象強いです。

漫画でも、

サバイバルが愛読書でした。ゴルゴ13よりもこちらの方が私は好きでしたね。


ドラゴンヘッドも覚えてますか?トンネルを抜けたあたりのことを覚えています。山賊ダイアリーと新白河原人は、日常でのサヴァイブ術で、刻々はちょっと毛色が違いますが、選択と覚悟がサヴァイバルです。

で、最近面白い漫画を読みました。この本を紹介したかったんですけど長くなりました。


7seeds。絵柄が少女漫画なので男性は苦手な人が多いかもしれませんが、35巻を飽きさせずに一気読みしたい気分にさせてくれる作品でした。7seedsを読んで、サバイバルをテーマにした内容にも男女の差があるんだなと感じましたね。壮大なテーマと複雑に絡んだ人間関係がよく練られててオススメです。男が書くサヴァイバルって、自分視点が中心のような気がして、生き残ることが重要で、直線的。女性が書くサヴァイバルは、関係性や生きる意味など、曲線的という印象です。あくまで私の印象ですが。

話は戻して、7seedsで印象に残っているセリフが、

「誰かを
まるごと 理解して
受け入れることは
なんと難しいか」7seeds

人は一人では生きられないけど、誰かと生きるのも簡単ではないことを、サバイバル本は感じさせてくれます。選択によっては命がけになったり、一期一会でもう会えないかもしれないということを感じさせてくれるのが好きなのかなと思います。

で、最初は冒険と旅なんですが、それから日常生活を作っていくんですね。

それが村つくりな訳です。リアル、シムシティ。村づくりをされている方も増えました。Dash村も村づくりの人気コンテンツです。コミューンのような動きは、ヒッピーカルチャーの頃からもありました。ダマヌールクリスチャニアは有名ですね。

最近では、パナマでカル・ヤラというコミュニティができていて、注目しています。ここは、今までのヒッピーコミューンがお金がないか、自給自足志向なのと違っていて、ビジネスして社会と関わりながら持続可能な社会することを大事にしています。今私がやっている沖縄のInahoのロールモデルの一つとして注目しています。

Inahoの広さは50万坪。東京ドームでいうと35個分くらい。約406エーカーくらいで、カル・ヤラが575エーカーなのでInahoより広いですね。

Inahoは焦らず、急がず、じっくりと毎日の生活から学びながら進めていきたいなと思っています。歩みがのんびりですが、一つ一つ物語を紡いでいきたいですね。

極限のサバイバルではありませんが、水のポンプが動かないとか小さなトラブルを日常経験しながら、生活を楽しんでいます。便利だと見えない、不便だからわかることを大事にやって行くのに、サヴァイバル本などで学んだ心構えが役に立ちそうです。

人生どこで繋がるかわからなくて楽しいですね。

Ps:
首謀者が明かす。パナマ・ジャングルの“金を生む理想郷カル・ヤラ村”の全貌と実態「みんなずっと滞在したくなる」

H:貴重な通信ですね、ありがとうございます。まずはじめに「“モダンなサステナブルタウン”、カル・ヤラとはなんなのか」、もう一度首謀者自身であるあなたの言葉でお願いします。

J:端的に言うと、カル・ヤラは“社会的・環境的責任のある街”を構築するための試み。人類が互いにとって、社会や経済、産業システムにとって、そして地球環境にとって優しい存在になれるかを実践する場所だ。今後人類は、どう地球の自然環境を保護し向上させていくか考えなければならないからね。

H:それを575エーカー(東京ドーム約50個分)の広大なジャングルでの“実践”、思い切ってますね。そもそも草案は、少年時代に没頭していたシムシティ(自分の街をつくるシミュレーションゲーム)だと聞きましたが…。

J:そう、15歳のときからかれこれ20年以上、人類文明と地球環境の共存について考えていることになる。そして、パナマのジャングルに街をつくったのが10年前。ここだったら熱帯地域だからエネルギー豊富で水も太陽光もたっぷりあるから年中エネルギー供給には困らない。作物も育てることができる。冬だからと休業する心配もないしね。それにパナマは小さな国だけど、とてもインターナショナル。街を歩けば、スペイン語に英語、中国語にヘブライ語だって聞こえてくる。多様性に寛容な国だから、グローバルが核のカル・ヤラにとってぴったりの場所さ。

H:然るべき場所にカル・ヤラは生まれた。現在、7年前から開始した教育プログラムが絶賛遂行中です。原始的な“ザ・村づくり”から、現代に必須のメディアコースまで多岐に渡っている。毎期、定員を超えるほど人気があるそうですが、一番人気は?

J:サステナブルアグリカルチャー(持続可能な農業)だね。コースでは、コンポスティング(堆肥化)の実技から、化学物質による土の肥やし方、植物のライフサイクルに至るまで土に関するすべてを学ぶことができる。それに農家の野菜がレストランへ運ばれ、消費されるまでのビジネス面もね。

以下中略

勇気

登山家、栗城さんの訃報についてタイムラインで触れられている方が多かったので興味を持ちました。少しだけ彼の行為が理解できた時、私は沖縄大学の樋口先生に教わった

ヤクーバとライオン」の絵本のことを思い出しました。読んだことがない方は、ぜひ一度読んでください。勇気とは何かを問いかけてくれる絵本です。

栗城氏が表現していたものは、私たちの社会の縮図ではないでしょうか。彼は挑戦により成功者となった。そして、成功し、居場所を見つけたゆえ死への道を歩むしかなかった。挑戦者として生きつづけなければ、注目もお金も集まらなくなってしまう。無謀なことへの挑戦をやめてしまえば、世間から忘れさられてしまう。彼はこう語っていた。

「何かに挑戦するということは、成功・失敗、勝ち・負けを超えた世界が必ずあるということです。しかし、挑戦そのものを否定してしまえば、成功も失敗も何も得ることはできません。その否定という壁を冒険の世界を通して少しでも無くし、応援し合う世界に少しでも近づきたい」。

挑戦しなければ生きている価値がないというのが、今の世の中のスタンスではないでしょうか?何かを得ない人生に意味があるのかと誰しもが思っている社会だと思うのです。私たちの社会では、彼がエベレストへの挑戦をやめるという選択肢は事実上ないように思えるのです。

エベレストへの挑戦をやめるとしたら、ほかの分野で挑戦するしかないよう宿命づけられているのです。彼にとって一番恐ろしいことは、死ぬことではなくて、挑戦を辞めることだったのではないでしょうか。

彼が書いていた、応援し合う世界。そこでは、挑戦をやめさせることは応援ではないと思われているでしょう。やらないことを選択した途端、生きがいや目標、お金、そして社会での居場所がなくなる恐れがあるのです。その恐れに比べたら、死ぬことへの恐れなんて比べ物にならないのが今の社会です。

挑戦する勇気は評価されやすし、応援しやすい。挑戦しない勇気は、評価されないし、理解されにくい。彼を批判したい訳ではなくて、彼ほど勇気がある人間でも、挑戦を止める勇気を出すことは本当に難しいことだったと思うのです。別の見方をすれば、勇気がありすぎたゆえに、死に至るまで挑戦し続けたと言えるかもしれません。

私自身も彼と同じ立場だったら、同じような道を選んでいたと思うのです。むしろ死んだほうが英雄になれると思ったかもしれません。大義や理想のために死ぬことを選ぶことは、下手な成功や何でもない人生を生きるより簡単に勇気が出せます。

挑戦が良くないといっている訳ではありません。何かを得ることが悪いことでもありません。挑戦にも次元があり、人によっては時には命をかけることよりも、普通の人生を送ることの方が挑戦だったりします。

自分の本当に恐ろしいことに向き合う勇気というものは、簡単ではなく、自分で自分を洗脳してしまいます。私も何度もそうしてきました。だからこそ、彼自身が勇者だったかどうかは関係なく、自分には彼が私と同じに見えたのです。

彼の死は、私にとって本当に恐ろしいことに立ち向かう勇気について考えるきっかけになりました。本当に恐れていることはなにか?すべてを失うかもしれないけど、勇気を出してやめることができるか?

そう考えていた時、話題になっていた日大アメフト選手の記者会見がありました。彼は勇気を出して、挑戦されたのだとおもいます。もうアメフトをやる資格がないと、青春のすべてをかけていたものを失う覚悟で。

栗城さんも、勇気ある撤退で生きて欲しかったですし、お話をしてみたかったです。ご冥福をお祈りします。

「ヤクーバとライオン」を解説した樋口先生の文章が素晴らしいので、絵本を見た後に是非ご覧ください。

◆ヤクーバとライオン トリニティアップデート

勝手に掲載されるとのこと

先週とても残念なことがありました。今まではこういうことがあっても、沈黙していることが多かったのですが、これからは公開していこうと思います。

残念なこととは、信用して個人的な話をしていた方にされたことです。最近、私の一連の経験を本にしたいという方がいました。竹中さんと言います。彼を紹介してくれた方にご恩もあったので、お話をして、竹中さんも良い方だと思いましたので、ここ何回かお会いして協力していました。

すると突然、雑誌SPAさんの方から、出版前に雑誌に載せたいという話がきたと竹中さんより連絡がありました。私はきちんとお会いして、「雑誌では真意が伝わらないし、意味があるとは思えないのでやめて欲しい」と私の気持ちを伝える話をして、「わかりました、撤回させましょう」という話を彼がされたのでそれで終わったと思っていました。

その日の夜に、竹中さんより連絡があり、「SPA編集部は是非に掲載させてもらいたいと言っている」と連絡がありました。そして、「明日の朝までに原稿をチェックして返事をください」というのです。私は、来客もあり忙しかったですし、明日も大事な用事があるので、返事はあとでしようと思っていました。すると朝にも連絡があり、返事を急かされましたが、忙しいので無理と伝えました。

すると、その日の昼間に私のところにまで彼はやってきて、仕事が終わるまで待っていました。仕事が終わり、話をすると、

「掲載が決まりました。私もOKしました」という返事でした。唖然としながら、

「私の許可もなく掲載されるのですか?」と聞きましたが、

「はいそうです」と。

一日も待たずに勝手に掲載が決まってしまいました。内容を後から拝見したら、最初のものよりは全然良くなっていたので、なんでこういうやり方をして、信用を失うことをするのかが未だにわかりません。あとで友人に編集部の方に確認したら、編集の方からではなく、竹中さんよりの話で、良かれと思ってページを割いたという話でした。謎は深まるばかりです。

お前の脇が甘いからだと、近所のご意見番には叱られましたが、今の時点で雑誌やメディアに出ることは全く不本意なことです。本についてもまだ先のことだと思っていました。きっと本もまた勝手に出されてしまうのかもしれません。

ということで、事前に頂いた文章がそのまま掲載されるのかわかりませんが、間違っている箇所をおしらせします。

自身がオーナーを務める東京・西麻布のダイニングバー「Birth」で許可なく“キャバクラ営業”していたとして風営法違反で逮捕。

この時は、すでにBirthは売却しており、オーナーではありませんでした。ただ、経営を任せていた人間が、お店の不動産契約の変更を行うことを怠り、私が影のオーナーだと言われる要因をのこしていました。

「農場の建て直しに奔走するうち
に環境負荷のない新しいタイプの
廃棄物の処理施設をやんばるの森
の中に作るという計画に動いたこ
ともありました。

廃棄物処理の話はありましたが、具体的に動いたことはありませんでした。農場の建て直しに動けるようになったのは、去年からです。

「教祖の求めに応じて自分の財産
や知人から借りたお金をつぎ込む
ようになりました。

教祖の求めに応じてつぎ込んだわけではありません。その裏にいて、私に接触していた人が洗脳されていて、お金を渡していたことは後で分かりましたが。

私は名義だけの
オーナーで、店はクーピーの代表
の娘婿に任せっきり。

これは、この時期ではなく、売却前の時期に任せていました。

金融機関からの融資
がストップしたため、企業経営も
ままならなくなった。

融資がストップした為に企業経営がままならなくなったことはありません。融資されていた創業した会社を、役員と株主によって乗っ取られただけです。その後のことはわかりませんが。

今は、沖縄に関わるきっかけとなった農場を軌道に乗せるべく頑張っているところなので、そっとしておいていただけると助かります。一緒にやりたい方がいらっしゃいましたら歓迎いたします!

 

沖縄戦前田高地の映画「ハクソー・リッジ」公式サイト|6.24 Sat. ROADSHOW

情報源: 映画「ハクソー・リッジ」公式サイト|6.24 Sat. ROADSHOW

遅ればせながら、メルギブソン監督のハクソーリッジを見てきました。メルギブソンは、ブレイブハートやパッションで感動したことがあったので、どんな風に沖縄戦を描いているのか?と気になっていました。

凄惨な戦闘シーンは流石ですが、70年も前に、軍隊という規律を重んじる場で、個人の信念を通そうとし、またそれが実現できたことがアメリカの底力ですね。現代でさえも日本では難しいことではないでしょうか。

映画では日本軍が強そうに見えますが、現実を見ると、よくぞこんな状況でここまで奮闘したと現場の人たちの勇気に敬服します。こんな戦場に送り込まれたら自暴自棄になります。

http://www.okinawa-senshi.com/maeda-new.htm

アメリカ軍が各州から来ていたように、日本軍も各県から来ていて、双方命を落としています。地元じゃないからこそ、容赦ないところもあったと思います。お互い命をかけて戦った人たちの中には、自分のためではなく、家族や国と言った同胞のために戦った人たちが多いことでしょう。

時代が違えば、私も前田高地で戦っていたかもしれない。私はデズモンドのように信念を持って銃を拒否することはできない。有事の時より、平時の時の信念の方が貫き通しやすいのでしょう。殺されるわけでも、投獄されるわけでもない。

多様性のある社会を実現するためにも、失敗した人や、他人と変わっていても、安心して居られる場所というのを作って行きたいな。

名古屋よりのご来客

先日、稲穂に友人が遊びに来てくれました。お酒に対して熱い想いを抱いて、純米酒専門店や整骨院など幅広く楽しんで経営している、歳は違うけど同じ誕生日の山本将守氏です。

インタビュー記事はこちら

お店のホームページはこちら
https://junmaishu.net/

彼とは久しぶりの再会でしたし、どんどん進化している彼と会うのが楽しみでした。沖縄といえばと思い出して連絡もくれるのも嬉しい限りです。以前の私は何としても沖縄の実情を知ってもらいという熱意がありすぎるあまりに、窮屈な思いを来客にさせていたなと反省です。やはり無理はいけませんね。

今回は、創業以来初めての休みで沖縄に来られたということで、めいいっぱい楽しんでもらえたらいいなと。まずは古宇利島で待ち合わせ。この島は長い無料の橋が出来てからどんどんと栄えてます。人類発祥の島という壮大な言い伝えがあります(笑)他にも子宝に恵まれるウタキ(聖地)などがあります。

島には、ワンスイートリゾートホテル古宇利島という素晴らしいホテルを経営している貝塚さんが、これまた素晴らしい、LOTAレストランを二年ほど前に作りました。オープン以来お邪魔してなかったので行ってきました。ホテルもレストランもお勧めです。

Lota

橋がきれいに見えます。私と彼は同じ野菜ランチ。歳をとると健康を気にしだしますね。でも、このあとでこの写真に写っている外人さんたちが、美味しそうなフレンチトーストを食べていました。次はそちらを食べます!

美味しい食事と雰囲気を野郎たちで楽しんだあとは、古宇利島のウタキを案内しました。開発が進んで前とはすっかり道の雰囲気などは変わりましたが、ウタキの近くは昔のままにひっそりとしています。看板もないので、知らない人は絶対にいけません。私はウタキ巡りばかりしていたので、マニアックなウタキの案内なら得意です。折角ですからそういう文化に触れて、いわゆるパワースポットで感じてもらえたらと思います。写真は神聖な場所なので未撮影です。

さてその後は、占領時代からアメリカ軍の保養所としてあるオクマが、一般に解放されている日だったので遊びに行きました。北部ドライブです。

こんな感じで縁日みたいになってます。他にもミニ遊園地やゴーカートなどがあり、アメリカンな雰囲気を楽しめるのは基地が多い沖縄ならではです。もっといい場所で取ればよかったけど記念撮影。

ビーチもきれいで雰囲気は海外のような感じです。
そしてそのあとは、いよいよ稲穂産業です。

オクマから稲穂に向かう途中に大宜見を通ります。そこで思い出しましたが、牡蠣の養殖を世界で初めて成功した日本人は大宜見出身の沖縄の方です。彼がいたお陰で、私たちは安い牡蠣を食べることができます。感謝です。

http://oogimiclub.ti-da.net/e3467283.html

 

 

稲穂に到着後、中を案内したあとは、いよいよクライマックスイベントです。稲穂の中も色々と楽しいところ満載です。これまた今度紹介します。

前日に、悪戦苦闘の末に何か月かかけて取り除いた、棘だらけの植物をサークルの中に準備してました。それを一緒に燃やしました。まだ全部乾いてなかったので、これまた汗だくになりながら燃やすことに集中して楽しみました。今では焚火もなかなか都会ではできませんからね。

火を見つめているだけで夢中になります。

夜になり暗くなるまで、炎の宴は続きました。無心になり、感じるものがありますので沖縄に来た際は稲穂にも遊びにいらしてくださいませ。

様々な趣向を凝らしたアトラクションを用意してお待ちしております!

山本君もまた遊びに来てくれるそうです。心意気が男前な彼に会って、エネルギーをもらえました。真剣に生きている男は格好いいです。

私は何をしているのか?

久しぶりに以前紹介した、次世代金融講座に参加してきました。今回の講座のテーマは、「行動理論」。新たに動き始めた私にとって、とてもタイムリーな講座となりました。進化し続ける講座ですので、同じ形でいつまでやるかわかりませんね。今のうちに受講されることをお勧めします。

私がそもそも沖縄に関わることになったのは、一人の人間に心を動かされたからでした。当時、会社を経営して大きくすることにもあまり興味を持てず、かといって本当に自分がやりたいこともわからず、日々誤魔化して生きていることが、嫌で嫌でたまらなかったです。若さゆえですね。

思い切って新しい世界へと飛び込んだことで、大変化を経験しました。IT業界でうまくやることにあまり魅力を感じていなかったのです。確かにITは社会を一変しました。しかし、本質的な意味では社会は変わっていません。依然として、鬱や争いや諸問題で満ちた社会です。自分もその一員ですが、対立や争い、嘘欺瞞、自己本位なレベルから変わっていません。

本当にこのような社会でいいのだろうか?何かがおかしいという単純な想いからスタートしました。どんなに会社を大きくしたところで、また生活が豊かになっても、本質的に解決するイメージが湧かなかったです。半ばやけっぱちな気分で、どうせわからないのだから、「沖縄をなんとかしたいという」、この目の前の人間を助けることをしてみようと思ったのでした。

あくまでお手伝いのつもりが、実は自分がやりたいことだったと気が付かされ、なかなか経験できないことをたくさんさせてもらいました。いい人間であった時もあるし、悪い人間だった時もあります。今でも日によって違います。自分がなかった時期もありました。どれが本当の私か、自分でもわからないくらいでした。

そのような経験を経て、今、沖縄のやんばるにて、次世代の理想とする社会の雛型作りを始めています。一つの生態系です。理想の村といってもいいです。それがどんな形になるかは、これから関わっていく人たちによって変わっていくのだと思います。理想といっても、明確な形をイメージしているわけではありません。わかりませんけど、とにかく始めてみたわけです。

昔ビットバレーで集まった人の中から、出会いが生まれ、いろんな企業が生まれました。今回の場からは、どのようなものが生み出されるか楽しみです。視点が変われば、一周回って最先端なのではないかと思っています。

人々を結びつけるものは、利害でも損得でもなく、愛であることが大事だと感じています。私自身、まだまだ愛の修行を続けている過程です。その過程が楽しいですし、いつまでも完成することはありません。

愛がある人のところには、自然と人は引き寄せられます。まずは私が、愛を実践できるかが試されるのです。目の前の人間を大事にできるか。瞬間瞬間、無理なく自分らしくいながら、自分が貢献できることをする。

草刈りも、ただの草刈りしていると思うと苦痛です。しかし、無心に作業に没頭する修行と見ると、心の草を刈るような気持ちがしてきます。はたまた、理想の村の礎を築いていると思うと誇らしくなってきます。

そして、単純に汗をかいて、何かを生み出すということの気持ち良さも感じられます。人って変わるものです。かつては肉体労働が嫌で仕方なかったのが、楽しく感じるのが不思議です。気持ちが乗らないときは、嫌に感じる時ももちろんあります。

どうしたいのですか?とか、何を作っているのですか?とよく聞かれます。

具体的にはわからないけど、なんか面白いものを作りたいなぁと思いながら、日々の変化を楽しんでます。タイミングが来たら、自然と一気に想いは形になっていくものだと信じています。

何か直感で感じた人は是非遊びにいらしてください。広大な土地があるのでスケールだけは負けませんね。海だけじゃない、沖縄の森の魅力を体験できます。ジブリの世界のようですよ。

かくかくしかじか

目まぐるしい変化の日々があり、あっという間に月日が経ってしまいました。 心境の変化もあり、潜水艦のように潜っておりました。 いよいよ浮上し始めております。相変わらずこの先がどうなるか謎ばかりですが、波瀾万丈は楽しいものです。 本日も予定外のことがあり、急に更新しようと思い立ちました。思い通りにならない方が学ぶことが多いように思います。 自分の中の計画は小さいものです。思い通りにならないとストレスを溜めがちになります。私ももちろんそうですが、また何か新しい出会いや、学びがあるのかなあと思うと楽しくなってきます。 新しいサイトも立ち上げました。今後ともよろしくお願いします。 稲穂産業

42歳の抱負

今年は海外に多く出ておりました。先日は、やっとジャマイカ、キューバにも訪問することができ、また新たな知見を得ることができました。ありきたりですが、行ってみないとわからないことがあります。中南米は奴隷貿易との関わりなく語ることはできません。人類史に残る悲劇の一つで、いまだにその傷跡を多く残しています。悲劇の比較は意味がないとは思いますが、自分たちの近い世界だけを見ていては、世界との関係において、自分勝手な見方しかできなくなってしまいますね。虐殺の果てに生き残った人たちの気質にも、きっと過酷な環境が影響していたのではないかと感じます。いまだに植民地が残るカリブ海は、ただ単にリゾートではくくれない想いを感じました。

 

また、タイに今年は多く訪れました。先月、タイの王様が亡くなり、タイも新たな挑戦が始まっているように感じます。タイとは中学、高校生のころから縁がありましたが、今年になって急に縁深くなりました。親日で日本人も多く住むタイは過ごしやすく、バランスがいい国であります。親しみやすい外国としてアジアとの関係強化の出先としては面白い場所だと思います。

 

そして、琉球石油創業社長である稲嶺一郎氏がかつて満州鉄道の駐在員としてバンコクにいた際に、アセアン人脈を作った場所でもありました。その後稲嶺一郎氏はインドネシアにおいて独立戦争を支援することになります。私もインドネシアともまたご縁ができてきそうな感じであります。面白いもので、縁というものはコントロールできるものではありません。こちらが熱望してもうまくいくとも限りません。かといって、完全に受け身だけでは勢いが削がれてしまいます。運命の波乗りは楽しむことなのかもしれません。

 

紆余曲折がありながらも、人の縁に恵まれていることが有り難いです。この10年で失敗や不義理など色々迷惑をかけているのも事実ですが、当初の想いを忘れずに、沖縄からコツコツとまた諦めずにやっていきたいと思っております。先日、沖縄で素晴らしい結婚式に参加させていただく機会がありました。類は友を呼ぶといいますが、愛はそんな垣根さえも超えていくのだと感じました。区別したり、差別したり、人はどうしても自分の眼鏡で物事を見てしまいます。物事をありのままに捉えることは訓練なくしてできることではありません。人間関係が人生の質を左右するでしょうが、そのことを本当にとらえて、人と向き合うことを実践できている人がどれほどいるのでしょうか?

 

世の中は、わかりやすいリーダーが次々と誕生しています。そうした時代だからこそ、目立たない場所でもう既に新たなリーダーシップは生まれているかも。本当に大事な変化ほど気が付かれないものかもしれません。バタフライエフェクトといいますが、自分の些細な行動が回り回って、世界に影響を与えているとしたら素晴らしいことです。自分も世界の一員ですから、微力ながら貢献できればと思います。懲りずに失敗を繰り返すかもしれませんが、体験しないとわからないバカだということはわかりました。バカな自分に今後ともお付き合い頂けましたら幸いです。

 

 

 

The way of every day and a bodhisattva